第一幕ー24


 五月十六日。五月晴。抜けるような青空。心地良い薫風。


 檸檬色をしたテニスボールが、砂入り人工芝コートの上を目まぐるしく飛び交っていた。阿佐美高校の対戦校は、昨年の覇者、秋島あきしま学園高校だ。団体戦は、シングルス1、シングルス2、ダブルスの三試合が行われ、勝ち数が多い方が勝利となる。すでに、シングルス2は決着がついたらしく、シングルス1とダブルスの試合が行われているコートのフェンス越しから、両校の部員たちや関係者たちが食い入るように試合を観戦し、コートで戦う選手たちに懸命に声援を送っていた。背中に「阿佐美高校 硬式庭球部」とプリントされた赤紫色のTシャツを身に纏った女子テニス部員たちも、男子テニス部員たちと一緒に声を張り上げていた。その中には、私と一緒にコートの隅で基礎練習をしていた子たちも居た。陽光の下、彼女たちの首筋を伝う汗がキラキラと輝いて見えた。青春を謳歌する彼女たちを目の当たりにした私は、恥ずかしくて居た堪れなくなった。ここは、私などが足を踏み入れて良い場所ではないのだと思った。踵を返し、足早に運動公園の出口を目指した。一刻も早く逃げ出したかった。クラブハウスを通過したところで、

「どこに行くの?」

 という聴き慣れた声が聴こえた。その凛とした声は、影のようにぬうっと伸びて、私の脚を搦め捕った。

「シングルス2は、うちが勝ったの。シングルス1は、今、二ー六、七ー五のワンオールで三セット目に入ったところ。ダブルスも三ー六、六ー四のワンオールで三セット目に入ったわ。悠介、すごく気合入ってる。純粋に幼馴染として、応援したくならない?」

「そりゃ……応援したいけど、私、ここに居づらいよ。あんな辞め方をした手前、佐藤先生に合わせる顔もないし、部員の皆だって、私になんか会いたくないでしょう?」

 こう言えば、綾芽は、私がこの場所から逃げ去ることを赦してくれると思った。

「そのことなら、気にしているのは、寧ろ、佐藤先生や部員の皆の方だよ。清花が退部したこと、皆、悲しんでた。短い間だったかもしれないけど、佐藤先生にとって清花は大切な部員だし、皆にとって、清花は大切な仲間なんだよ。清花が気まずく思うのはわかるよ。皆と顔を合わせるのが嫌だったら、保護者席から悠介を見守ってあげて。皆、今、応援に夢中だから清花に気付かないと思うの」

 綾芽は、私が逃げ出すことを赦してはくれなかった。本当に容赦がない。卑怯な女だ。本当に私に応援させたいのは、悠介の試合じゃなくて、自分の恋路のくせに! 綾芽は有無を言わさず、私の手を引き、再び、試合の場へと連れ戻した。シングルス1の勝敗が決まったらしい。スカイブルーのTシャツを身に纏った秋島学園高校の部員たちの歓喜の声が響き渡っていた。シングルス1を応援していた各校の部員や関係者たちが、ダブルスの試合が行われているコートへと足早に移動した。私は、ベージュ色のバケットハットのツバを両手で掴み、ぎゅっと下へと引っ張った。白熱したシーソーゲームで、実力伯仲の戦いが繰り広げられていた。

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