第一幕ー23
「ねえ、清花……男子テニス部が地区予選の団体の部で決勝戦まで駒を進めたの。実質上インターハイ出場は決めたんだけど、皆、優勝してインターハイに挑みたいって言って盛り上がってるの。悠介もダブルスで出るんだ。試合は来週の土曜日なんだけど、清花、応援に来てくれないかな? きっと、悠介も喜ぶと思う」
「私が? 私が応援に行ったところで、悠介は喜ばないと思うけど」
綾芽の意図するところを把握できない私は苛立ちを隠すことができなかった。悠介の応援に来て欲しい。たったそれだけのことを言うために、わざわざ、人目を憚ってこそこそ会う必要などない筈だ。綾芽がわざわざ私をここに呼び出した真の理由は他にあるに違いない。
「そんなことないよ! 悠介も、私も、清花のこと心配しているの」
「そう……それで……話はそれだけなの?」
私は、氷が溶けて薄まったアイスティーに更にガムシロップを注いだ。投下されたガムシロップは、ゆらゆらと揺蕩いながら、グラスの底で澱のようになって沈黙した。
「ごめん……本題はここからなの」
私の苛立ちを察した綾芽が重い口を開いた。
「何? 悠介のこと?」
「うん……そうなの」
「はっきり言って!」
私は、グラスの底に沈殿したガムシロップをストローでぐるぐるかき回した。陽炎のようにもやもやとゆらめきながら琥珀色のアイスティーに溶け込んでいくガムシロップを見ながら、みんなひとつに成っちゃえばいいのにと思った。悠介も、綾芽も、私も、ひとつに成っちゃえば、きっとうまくいくんだ。
「清花は、悠介のこと、どう思ってる?」
「どうって? たかが幼馴染でしょう?」
「本当にそれだけ?」
「どういう意味?」
「私は、子どもの頃から、ずっと二人のことを見てきた。だから、わかるの。二人は強い絆で結ばれているって」
「は? それは、悠介と私じゃなくて、悠介と綾芽なんじゃないの?」
「本当にそう思っているの? 本当に、清花は悠介に対して恋愛感情を持ってないって言いきれるの?」
綾芽の険のある目つきが私を射抜いた。
「言い切れるけど、だったら何なの?」
綾芽の目から険が取れて、表情が和らいだ。
「良かったあ。それ聞いて安心した。私ね、悠介のことが好きなの! 初めて会った時からずっと! でも、清花は悠介のことが好きなんだと思っていたし、悠介も清花のことが好きだと思っていたから、清花の気持ちを確かめたかったの。私ね、男子テニス部が優勝したら、悠介に告白しようと思っているの。清花、試合の日、来てくれないかな? 清花が居てくれたら、どんなに心強いか……私たちのこと、応援してくれるよね?」
ああ! やられた! すべては彼女の計算通り。私は綾芽の掌の上でころころと踊らされていたのだ。今更、私も悠介のことが好き、だなどと言い出す勇気もない。
「もちろんだよ! 悠介と綾芽、お似合いだもの。きっと、悠介も綾芽のこと好きだと思う。二人が幸せになってくれたら、幼馴染として、これほど嬉しいことはないよ!」
自分が発した言葉なのに、まるで、もう一人の私が勝手に喋っているような奇妙な感覚だった。発した言葉とは裏腹に、心の奥では、誰がオマエなんかに悠介を渡すものか! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! という呪詛の言葉が蔓延っていた。
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