第一幕ー7
その日を境に、夫は、ギャンブルと酒に明け暮れる毎日を送るようになった。開店から閉店まで毎日パチンコ店に入り浸り、深夜に帰宅すると、浴びるように酒を呑んだ。そして、気を失うようにして眠り、目覚めると無精髭を生やしたまま、パチンコ店へと出掛けて行った。会社都合によるやむを得ない退職であったため、自己都合で退職した場合と違って、失業給付はいろいろと優遇された。しかし、リストラ、つまり、会社にとって必要でない人間と烙印を押された夫のプライドは著しく傷付けられた。
「なんで、アイツが、のうのうとのさばって、俺がリストラされなきゃなんねえんだよ? アイツら、揃いもそろって、俺に面倒臭え仕事押し付けやがってよお、俺に対する感謝の気持ちとかねえのかよ?」
在職中、夫は、毎日のように深夜残業をしていた。特に、夫と同期の
しかし、一向に夫の心の傷が癒えることはなく、失業給付の受給期間も終了し、夫がギャンブルで拵えた借金により、貯蓄もあっという間に底を突いた。間もなくして、複数の借入先から督促状が届くようになった。マンションの家賃も滞納していたので、私たちは強制退去を命じられ、墨田区の築五十年のアパートに居を移した。私は、生活費と借金の返済のために、通信教育教材を取り扱うコールセンターのテレフォンオペレーターとコンビニの店員の仕事を掛け持ちし身を粉にして働いたが、給与はすべて、夫の借金の返済のために一瞬にして消えた。借金額は減るどころか、ぶくぶくと大きく膨れ上がっていった。私は元来おとなしい性格で、怒りや不満を他者にぶつけることができなかった。そのことで、他者が気分を害したり、言い返されたりすることが恐ろしかったからだ。それでも、言わずにはいられなかった。コンビニの深夜バイトから帰ると、ささくれ立った畳の上に夫は寝転がっていた。周りには、ビールの空き缶や焼酎の瓶が散乱していた。飲みかけの缶ビールが倒れて琥珀色の液体が、変色した畳の目に浸潤し、汚らしい染みをまた一つ増やしていた。私は、鼾をかいて眠る夫の肩を掴み揺さぶり起こした。夫は、私の手を払いのけ、気怠そうに身を起こした。生気のない目で私の方を見遣ると、
「なんだ、帰ってたのか。ちょっと酒切らしちまったんで買いに行って来てくんねえか?」
と言った。私の奥底に沈殿していた澱のようなものが逆流し喉元までせり上がってきた。
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