第一幕ー30


 九月。


 真夏の残骸をかき集めたような陽光が古寂びた校舎をいたぶるように降り注いでいた。束の間の自由時間を過ごした生徒たちが、気怠そうに建物の中に吸い込まれていった。教室に足を踏み入れた瞬間、瑞樹と紗理奈の鋭い視線が矢のように私に突き刺さった。綾芽の姿は、何処にも、ない。始業のチャイムが鳴り響き、担任教師が出席を取った。「きたは……」と言いかけたところで、少しバツが悪そうに、艶のない白髪交じりの髪に手櫛を入れるようにし、何事もなかったかのように「工藤!」と綾芽の次の生徒の名を呼んだ。

「先生! 北原さんに何かあったんですか? どうして、北原さんは学校に来なくなってしまったんですか?」

 我慢の限界だったのだろう。瑞樹が担任教師に詰め寄ると、他の生徒たちも騒ぎ始めた。

「静かにしろっ!」

 柔道部の顧問の先生は、鍛え抜かれた太い両腕を教壇の上に叩きつけた。スチール製の安っぽい教壇が振動する音だけを残し、波紋のように教室内に静寂が広がった。

「北原は、親御さんのお仕事の関係で転校することになったそうだ」

 先生の事務的な報告内容に納得できる筈もなく、クラスメイトは皆、得心のいかないような顔をしていた。しかし、これ以上、先生に詰め寄る者はいなかった。訊くだけ無駄だということを、皆、暗黙の了解でわかっていたからだ。


 放課後、私は、瑞樹と紗理奈に体育館裏に呼び出された。ねっとりとした脂汗が首筋を伝った。老朽化した体育館から、バッシュの耳障りなスキール音が聴こえてきた。

「ねえ、あんた、悠介と付き合うとるって本当なん?」

 茜色の西日に照らされた紗理奈の顔が、怒りで燃え滾っていた。

「だ……誰が、そんなことを言ったの?」

「誰が言ったとか関係ねえんだよっ! 悠介と付き合ってるかどうか、『はい』か『いいえ』で答えろよっ! 嘘言ったら承知しねえからなっ!」

 瑞樹が声を荒げた。

「は……はい、付き合ってます。私、悠介と付き合ってます!」

 悠介に選ばれたのは、綾芽じゃなくて私だ。部外者にどうこう言われる筋合いはない。

「ゲッ! こいつ最低な女やな。綾芽の気持ち知ってて、よぉもまあ、しゃあしゃあと。悠介も悠介で、相当女の趣味悪いよな。綾芽みたいな別嬪で性格もいい子振って、こんな、ブスで陰気臭い女選ぶかぁ、普通。信じられへんっ!」

 紗理奈が、私の胸ぐらを掴みそのまま、力いっぱい地面へと押し倒した。無様に尻もちをつき、呆気に取られた私を上から見下ろした瑞樹が、私の頭に、ペットボトルに入った水を掛けた。

「頭冷やせっ! この淫乱女っ!」

 そう言って、二人は立ち去って行った。

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