第一幕ー29
十年前、私たちの前に突然現れたお姫様。私は、彼女にだけは、死んでも私の王子様を奪われたくないと思っていた。それなのに、綾芽以外の何処の馬の骨とも分からない女に悠介を奪われてしまうかもしれないという焦燥感が私の本当の気持ちを気付かせてくれた。
綾芽以外の女に悠介を奪われたくない、と。
「何だよ! 俺が悪者かよ? どいつもこいつも勝手なことばっかり言いやがって! 俺の気持ちなんてどうでもいいのかよ!」
悠介は語気を荒げた。怒りで肩が震えていた。
「さっきから何に苛立っているのよ? 私はただ、綾芽のことが心配なだけよ」
心にもない言葉が勝手に口を衝いて出てきた。その偽善者ぶりに反吐が出た。
「綾芽、綾芽ってうるせえな! 俺が好きなのは、オマエなんだよっ!」
北半球と南半球が反転したのかと思った。
「ちょっと……こんな時に冗談言わないでよっ!」
「こんな時に冗談なんか言うわけねえだろっ! 俺が好きなのは清花、オマエだけだよ。ガキの頃からずっとだ!」
「嘘ばっかり! この一年間、悠介、私に一度も連絡してくれなかったじゃないっ!」
「それは、オマエが俺と綾芽のことを避けるようになったからだろ? それに、オマエ、文芸部の男と付き合ってたしよ。オマエの方こそ、俺にちっとも連絡寄越さなかったじゃねえかよっ! 俺、オマエに嫌われてると思ったから……なあ、オマエ、俺のこと嫌いか?」
先ほどの白いワンピースを身に纏った女の子が、砂場から、黒目がちな大きな瞳を見開いて、キッと私を睨みつけていた。長い間、欲しくて欲しくて、たとえ、この腕を引き千切って追い求めたところで、これから先、同じ道を一緒に歩むことは叶わないと諦めていた私だけの王子様が、私に手を差し伸べ、私と一緒に生きる未来を切望している。私は、その手を振り払うことができなかった。
「嫌いなわけないじゃない。私も、子どもの頃から、悠介のことだけが好きだった」
「その気持ちは、今も変わらない?」
「変わらないよ……これからもずっと……私は、悠介が居なかったら、生きていかれない」
白いワンピースの女の子は、底なし沼に引っ張られるように砂場の中にずぶずぶとめり込んでいった。泥塗れになった黒いワンピースだけが、砂場の上に置き去りにされていた。
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