第一幕ー28
橙色の夕焼けが、荒川の河川敷をゆっくりと色取り始めていた。橙色と群青色がひしめき合い、やがて、漆黒の夜の闇に呑み込まれる、その不明瞭な時間帯に私は魅了された。
「だいぶ、日が延びたな」
久しぶりに聞いた悠介の声は、一年前よりも、少し大人びていた。私たちは、子どもの頃、毎日のように足を運んだ「なかよし公園」へと足を踏み入れた。五年ほど前、遊具の老朽化により児童が軽い怪我を負ったことが問題となり、大規模な修繕工事が施行された「なかよし公園」は私の記憶の中の公園と同じものとは思えないほど、美しく磨き上げられていた。しかし、よくよく観察してみると、此処彼処に綻びが見えた。どんなに躍起になって元の自分の躰にメスを入れ上辺だけ取り繕ったところで、メッキが剥がれりゃ、元の醜い姿が晒されるだけだ。
「オマエのほうから俺を呼び出すなんて珍しいな。話、長くなりそうなら、どこかファミレスでも行くか?」
「ううん……ここで話さなくちゃいけないような気がするの」
「はあ? 意味わかんねっ!」
そう言って、悠介は、面白くなさそうに笑った。私たちは、誘われるようにして、公園の隅っこにあるベンチへと向かった。変色して本来の木材の性質がわからなくなっていたベンチの座板は、リサイクルウッドに取り替えられており、純白のワンピースを身に纏ったフランス人形みたいな可愛らしい女の子がクマのぬいぐるみを抱きながら絵本を読んでいた。悠介が、ずかずかとベンチに向かって突き進むので、私は、悠介の学ランの裾をぐいと引っ張った。
「あの子の居場所取っちゃ可哀想だよ」
そう言うと、悠介は怪訝な顔をした。
「何言ってるんだ? 誰も居ないだろうが!」
悠介に言われ、再度ベンチを見ると、確かに其処には誰も居なかった。私たちは、人一人分座ることができるくらい間を空けてよそよそしく腰掛けた。いったいどうやって話を切り出したら良いものか逡巡していると、
「綾芽のことだろ?」
と、悠介が話を切り出した。久しぶりにこうして二人きりで会っているというのに、悠介は何だか苛立っているように見えた。
「そうだよ。わかっているのなら話が早いわ。悠介、先週末の地区予選の時、綾芽から何か言われなかった?」
「ああ。告られた。付き合って欲しいって言われた」
悠介は、ぶっきらぼうに答えた。
「それで、何て返事したの?」
「『ごめん。俺、好きな女いるから綾芽とは付き合えない』って答えた」
私は自分の耳を疑った。好きな女がいる? どういうこと? 悠介と綾芽が両想いであることは誰の目から見ても明らかだった。高嶺の花の綾芽を振ってまで彼が恋焦がれる女っていったい誰なの? 女子テニス部の子? 悠介と同じクラスの子?
「綾芽、今日、欠席だったの。入学以来初めてのことだよ? 綾芽、部屋に引き籠ってるって……瑞樹と紗理奈がすごく心配してた。勿論、私だって心配だよ。悠介が誰を好きになろうとそれは仕方のないことだけど、幼馴染として、悠介は綾芽のこと心配じゃないの?」
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