第三幕ー11『第二場』
うだるような猛暑の中、松永清花は、豪邸が立ち並ぶ
震える指でインターホンを押すと、懐かしい、鈴の音のような凛とした声が聴こえてきた。
「いらっしゃい。外暑かったでしょう? どうぞ、上がって」
九年という長い歳月を経て再会した綾芽は、以前にも増して美しくなっていた。手入れの行き届いた艶のある亜麻色のロングヘア。純白のワンピースには染みひとつなく、白魚のようにしなやかで長い指先には、薔薇の花をモチーフにしたネイルアートが美しく描かれていた。二十畳以上はありそうな広いリビングに案内され、アンティーク風のダークブラウンのレザーソファに腰掛けると、ちょうど清花の視界にフォトフレームに飾られた二枚の写真が飛び込んで来た。片方の写真には、綾芽と背の高い綺麗な顔立ちの男性と三歳くらいの小さな男の子が仲睦まじそうに写し出されていた。もう片方は、阿佐美高校の入学式の時の写真で、清花と綾芽と悠介が笑顔を浮かべていた。お茶の準備をしていた綾芽がリビングテーブルの上にアイスティーとポーションタイプのガムシロップを置きながら、
「ガムシロ、入れるわよね?」
と訊いてきた。清花は、
「ええ、ありがとう」
と言って、ミニトレイに乗せられたポーションタイプのガムシロップを次々とアイスティーに注ぎ込んだ。
「あの写真に写っているのは、綾芽のご家族?」
清花が訊くと、綾芽は嬉しそうに頬をぽっと赤らめて、
「そうなの。私の大切な家族よ。この写真は、息子の三歳の誕生日に行った遊園地で撮った写真なの」
「そう。可愛らしいお子さんね。旦那さんもイケメンだわ。お仕事も私生活も順調で、綾芽はきっと今幸せなのね」
その言葉が、妬みからくる嫌味だということを重々承知した上で、綾芽は言葉を返した。
「そうね。主人は仕事柄海外出張が多くて不在がちだし、私も仕事が忙しいし、三人一緒に過ごす時間が少ないから、息子に寂しい思いをさせてしまっているんじゃないかって心が痛むけど、会う時間が限られているからこそ、私たちはその時間を大切にして絆を深めているの。私の自慢の家族よ」
清花の表情が僅かに歪んだ。綾芽には清花が心の中で思っていることが手に取るように分かっていた。ぎくしゃくした雰囲気を打ち破るようなチャイムが広いリビングに鳴り響いた。
「あっ! 息子が帰って来た。ごめん、ちょっと待っててね」
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