第三幕ー12
そう言って綾芽はリビングを出て行った。数秒後、綾芽は息子の手を引いてリビングに戻って来た。
「もうっ! ちゃんとお家の鍵持ってるんでしょう? どうして、ピンポン押すの?」
「だって、ママがお家にいる日くらい、ボク、ママに『おかえりなさい』してほしいんだもんっ」
そう言って、少年はピチピチした白い頬を、餌を頬張ったハムスターみたいにぷうっと膨らませた。
「そっか、そっか。ごめん、ごめん。ママが悪かったから、そういうお顔しないで。今日は、ママの大切なお友達が遊びに来てくれたの。とっても大切なお話があるから、お部屋でいい子にしていられる?」
そう言うと、少年は、清花の方を見て、
「こんにちはっ! ママがいつもおせわになっています。ごゆっくりしていってください!」と、元気にしっかりと挨拶をして、パタパタと走りながらリビングを出て行った。
「なんか、気を遣わせちゃってごめんね。素直でとっても可愛らしいお子さんね。本当、羨ましいわ」
「ありがと。まだまだ甘えん坊で困っちゃうわ。ところで、清花と悠介には、子どもいないの?」
みるみるうちに清花の顔が歪んだ。
「なんか、ごめん。私、訊いちゃいけないこと訊いちゃったかな?」
綾芽の声には憐憫の情が多分に含まれていた。
「私の方こそごめん。九年ぶりに綾芽に会ったのに、あの時のことを謝ろうと思って来たのに、幸せそうな綾芽を心から祝福しなくちゃいけないに……羨ましくて、妬ましくて……私、本当に醜い」
そう言いながら、清花は目に涙を浮かべた。
「何か辛いことがあるのね? 私で良かったら聞かせてくれないかな? もしかしたら、清花のためにしてあげられることがあるかもしれないわ」
「そ、そんな! 私は、あの時、綾芽を裏切った酷い女よ? 本当は、二度とあなたと会うことが許されない咎人なの」
「もう、昔の話じゃない? もう充分に苦しんだのでしょう? 私の心の中ではとうの昔に消化した話よ。もう過去の話なの。あの時のことがあったからこそ、私は今、こうして幸せな人生を歩んでいるの。寧ろ、清花と悠介には感謝したいくらいなのよ」
そう言って、綾芽は微笑んだ。清花は洗いざらい話した。悠介が二年前に会社をリストラされたこと。リストラされてから別人のように非道な男に変わってしまったこと。日常的に配偶者暴力(DV)を受けていること。悠介がギャンブルで作った多額の借金を抱えていること。実は、悠介自身も幼少期に父親から日常的に暴力を振るわれていたこと。悠介から逃げ出してネットカフェで生活をしていること……
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