第三幕ー10


 悠介から手渡されたお冷を喉に流し込んだ宮間は、その後、何回か咳き込んだ後で、ふうっと深呼吸をした。

「ああっ! 死ぬかと思いましたよ」

 そう言って宮間は笑った。

「これで死なれたら、俺、どうしたらいいんだよ?」

 悠介も笑った。

「最近、とんと見かけないから、連絡つかなかったらどうしようかと思ったぜ」

 宮間と悠介はお互いのスマホの連絡先を知ってはいたが、ほぼ毎日、この店で顔を合わせるものだから、実際に連絡を取り合ったことは一度もなかった。

「ちょっと、最近、嫁の体調がよろしくなくて、出掛けられなかったんですよ」

「嫁さん、どこが悪いんだ?」

「頭が、ちょっと」

 宮間の冗談だと思った悠介は思わず噴き出したが、宮間の顔を見て、それが冗談ではないことが分かった。

「すまない……冗談だと思ったんだ」

「いや、今のは、私の言い方が悪かったんです。気に病まないでください。暫く、閉鎖病棟に入ることになったんで、こうして、羽を伸ばしに来たわけですよ。どうしようもない男ですよね」

 宮間の表情に翳りが差した。

「それはそうと、私に用があるんですよね? また、勝ち台をお教えしましょうか?」

「いやいや、それもあるんだけど……もっと緊急のお願いがあって……」

 そう言うと、宮間はすべてを察したようだった。

「ああ。お二人の『覚悟』が決まったようですね。心から一切の迷いが消え去ったのが見えますよ」

 本当に死神のような男だなと、悠介は、宮間の美しい容姿に見惚れた。

 悠介は、事前に、綾芽から託されていた『脚本』のコピーを宮間に手渡した。宮間は、内容を確かめ頷いた。

「わかりました。手筈通りに行いますよ。『彼女』にそう伝えてください」

 そう言うと、宮間は、ステンレスシルバーのナプキンスタンドから紙ナプキンを一枚取り出し、デニムのバックポケットからボールペンを取り出し「五五六」「五三二」と書いて悠介に手渡した。

「これは、お二人の幸せを願っての私からのプレゼントです。今日は、この辺の台が無難だと思います。私は『舞台』の準備がありますので、今日はこの辺で失礼します」

 そう言って、宮間は、店を後にした。

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