第二幕ー35

 清花の叫び声が店内にキンキンと鳴り響いた。入口付近で盛り上がっていたおばさん連中は、眉を顰めながら私たちの方を見てひそひそ話をしていた。マスターも、小太りのウェイトレスも怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。

「清花、ねえ、ちょっと落ち着こう。こんな調子じゃお店追い出されちゃうよ」

 私は、小太りのウェイトレスのところに向かい、お騒がせしてしまった詫びを入れ、薬を飲めば落ち着く旨を話しお冷を用意してもらった。清花が向精神薬を服用していることは知っていた。学校の昼食の後にいつも清花が服用している薬の名前を盗み見てネットで調べたからだ。清花は何種類かの錠剤やカプセルを水で胃に流し込むと、少しだけ安堵の色を滲ませた。

「私ね、あの日から、ずっと頭がおかしいの。ねえ、あの時、私が死んじゃえば良かったって思った?」

「そ、そんなこと思うわけないじゃないっ!」

 そうよ。私は願ってた。あの時、あなたが死んでくれることを。

「そう。まあ、嘘でも本当でも、そんなことはどうでもいいの。私に少しでも悪いことをしたって反省しているなら、ひとつだけお願いがあるの」

 ああ、また、「弱さ」の鎧を身に纏って私を苦しめるのね。

「何? 願いを聞き入れるかどうかは話の内容次第だけど」

 清花は、更にガムシロップを追加してグラスの底に沈殿していた分と一緒にストローでぐるぐる混ぜ合わせながら言った。

「来週土曜日の男子テニス部の団体の決勝戦、悠介も出るんでしょ? まだ二年なのにすごいよね! 私も運動神経がもう少しまともだったら一緒にテニスできたのになあ。女子テニス部もベスト8の快挙だって、悠介はしゃいでた。綾芽もレギュラーで出てたんでしょ? ふたり揃ってすごいよねえ。おめでとう」

 今まで見たこともないような清花の饒舌ぶりに、私は恐怖を覚えた。

「ありがとう」

 私は気圧されて、蚊の鳴くような声を絞り出すので精一杯だった。これでは、いつもと立場が逆だ。

「昨日、悠介から呼び出されたの。私、ちょっとだけ期待しちゃった。もしかして、会えなかった時間が悠介のハートに火を点けたのかも、なんて。バッカみたい」

「ちょっと待ってよ! 清花には彼氏がいるじゃない? もう、悠介に未練はないんだと思ってたんだけど」

「はあ? 彼なら、もうとっくに別れたわ。シェイクスピアだの、ドストエフスキーだの小難しい話ばっかりしてつまらない男だった」

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