第二幕ー2
(ったく……定年間近だっていうのに、あの時、妙な正義感を振りかざしちまったばっかりに……)
中島が、留置場の管理係である「担当さん」に声を掛けると、留置場で貸し出している安物のグレーのスウェットを着た北原綾芽が居室から出てきた。
「おはようございます。中島さん。今日も一日よろしくお願いいたします。それにしても、このスウェットどうにかならないのかしら? 使いまわしでしょ? 甘ったるい香水の匂いが染みついていて具合が悪くなるわ」
「贅沢言うなっ! それ着るのが嫌なら、家族に差し入れしてもらえばいいだろう?」
そう言うと、北原綾芽は寂しそうに俯き、
「来てくれるわけないじゃない……私は、恩を仇で返してしまったのだから」
と呟いた。手錠をかけ、腰縄を打ち、中島を含め三人の刑事が取調室まで北原に付き添った。取調室には、鼠色の机が一台。机を挟んで奥側と出入口側にそれぞれパイプ椅子が置かれている。窓すらない狭い密室で今日も一日この女と時間を共有しなければならないと思うと、中島は陰鬱な気分に沈んだ。北原綾芽の手錠を外し奥側のパイプ椅子に座らせ、腰縄をパイプ椅子の足の部分に繋いだ。四十一年間の警察官人生に於いて数え切れないほどの被疑者と接してきた中島だが、この女は本当に得体が知れない。ミステリアスと言えば聞こえが良いが、中島は北原綾芽に対して薄気味悪さを感じていた。
「今日で七日目になるが、どうだ? 毎日疲れるだろう? そろそろ話しちゃくれねえかな?」
「話なら毎日してるじゃない?」
「そりゃ、雑談だろ? おじさんは、事件の真相を話してほしいんだよ。人間六十年近くも生きていると体のいろんなところにガタがきてしんどいんだよなあ。あまり年寄りをいたぶらないでくれよなあ。頼むよ」
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