第三幕ー2
署員に促され取調室に入った途端、狭い部屋に立ち込めるすえた油のような臭いに内海の端正な顔が歪んだ。取調室奥のパイプ椅子に腰縄を打たれた重要参考人の松永悠介がふてぶてしい態度でふんぞり返っていた。顔の造作自体は整っている方だが、まったく手入れのされていない伸ばしっぱなしの無精髭、脂ぎった頭髪には白いものがちらほらと見え、歯はヤニで真っ黄色。二人の女が命懸けでこの小汚い男を取り合ったという話を、内海は俄かに信じることができなかった。
「俺が、担当捜査官の内海だ」
そう言って、内海は、机の上に資料とノートパソコンを置いて腰掛けた。
「ずいぶんと若い兄ちゃんが付けられたもんだな。これだけ世間を騒がせている事件だ。もっとこう、ベテランのいかつい刑事が付けられるもんだと思っていたが。拍子抜けしたぜ」
そう言って、松永は下卑た笑いを浮かべた。
「年はオマエとそう変わらない筈だ。オマエが老け過ぎてるんだよ。二人の女が取り合った男だっていうから、どんな色男かと楽しみにしていたんだがな。俺も拍子抜けしたぜ」
内海が言い返すと、松永は、
「そりゃどうも。すみませんでした」
と言ってにかっと笑った。
「なあ、イケメンの刑事さんよ、綾芽はどうしてる?」
「それは、決まりで話せない」
「ちぇっ、つれねえなあ……」
松永はそう呟いた後、愛おしむような表情を浮かべ、
「綾芽は、自分ひとりで罪を被るつもりなんだ。俺は、綾芽の共犯者、いや、主犯だ。だから、綾芽の代わりに俺が今回の事件のすべての真実を話しに来た」
「オマエが、主犯?」
「ああ、そうだ! 動機もある。俺が綾芽と一緒になるには、清花が邪魔だったんだ。だから、消した」
松永の死んだ魚のような濁った目が、獲物を狙う肉食動物のような獰猛な目に変わった。
「わかった。すべて話してみろ! 俺が一言一句すべて受け止めてやる!」
松永の覚悟に負けぬよう、内海も覚悟を決めた。
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