第三幕「終幕」ー1

「ねえ、中島さん、ちょっと休憩しない?」

 古いアルバムを一頁一頁捲るように、淡々と、時に、神経を尖らせて話をしていた北原綾芽が、いよいよ事件の核心に迫る供述を話し始めた途端、吐いた言葉に、中島は拍子抜けした。

「ちょっと休憩って、オマエ、俺たちは喫茶店で雑談に花咲かせるジジババじゃねえんだぞ?」

 そう言うと、北原綾芽はふふっと微笑んで、

「中島さんって、面白いこと言うのね」

 と言った。冗談じゃねえっ! 何も面白いことなんて言っちゃいねえっ! 本当にこの女に俺は振り回されっぱなしだ、と中島は思った。

「ねえ、本当に体調が悪いの。この部屋、空気が淀んでいるんですもの。吐きそうなの。ちょっとお化粧室お借りしてもいいかしら?」

 北原綾芽はもともと色白だが、彼女の顔色は色白を通り越していた。生気のない蝋人形のような彼女を見て、中島は「死」をイメージした。そして、「死」を想起させる彼女の美しさに不謹慎にも興奮した。

「確かに、顔色がやべえな。体調が悪いのに無理に取調べを続行すれば、『担当さん』に咎められちまうからな。わかった。行って来い」

 中島は、北原綾芽に二人の監視署員を同行させた。その間、一服しようと取調べ室を出たところで、真山課長が中島を待ち受けていた。

「どうだ? 何か喋ったか?」

「いや、『ハンオチ』(部分的に自供すること)っすね」

「『ハンオチ』?」

「はい。北原は、マルガイを自宅に招く約束を交わしたところまで一気に話した後、吐き気を催したようなので、女性署員を同行させてトイレに行かせたところです」

「そうか。どうも、一筋縄ではいかない女のようだな。根気よくやってくれ」

「はい。なかなか落とせなくて申し訳ありません」

 真山課長と中島警部の耳に、階段を上がって来る騒々しい足音が聴こえてきた。足音に合いの手を入れるように「中島さーん、中島さーん」という若い男の声がこだまし、二人の上司の前に颯爽と姿を現した内海有真(うつみ あるま)は、真山課長の姿を視認し、バツの悪い顔をした。

「どうした? 有真? そんなに慌てて」

 真山の貫禄のある声に促されて、内海警部は興奮を抑えられない様子で答えた。

「大変っす! マルガイの松永清花の旦那が、自首しに来ました!」

「北原綾芽と松永清花が取り合った男だな?」

「はい! 松永悠介っす。本人に間違いありませんっ!」

「今、課内に松永の話を訊けるヤツはいるか?」

「皆、出払っています!」

「じゃあ、オマエに頼めるか? 有真?」

 真山が、内海の肩をポンッと叩いた。

「自分がっすか?」

 内海は、成島署の刑事第一課に配属されてから、まだ日が浅い刑事だ。今回のような世間の注目を集めるような事件を担当するのは初めてのことだった。内海の胸中を察した中島は、

「アル、おまえならできるだろ? 東大法学部卒のスーパーキャリアの実力を見せつけてくれよ!」

 と言った。この言葉は嫌味でも当てつけでもなく、中島が内海に信頼を置いているからこそ自然と出てきた言葉だった。それを肌で感じ取った内海は、

「任せてくださいっ!」

 と言いながら、明るい栗色の髪を指先でくるくると弄び始めた。「アンカリング」。それは、内海警部が集中モードに入る時の動作だった。

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