第三幕ー38
キリの良いところで、美咲と清花は煌びやかなパーティー会場を後にした。高層ビルと高層ビルの間から刀剣を振り下ろしたようなビル風が二人の肌に突き刺さった。
「いつもの店で良い?」
「はい」
新宿駅東南口近くにあるいつものダイニングバーに入ると、大学生くらいの若い男性のアルバイトスタッフがふたりを個室へと案内した。ビールと何品か軽めのつまみを注文し、二人はふうっとため息を漏らした。
「この店、なんか落ち着くよね」
美咲が言った。
「はい。私、さっきのホテルみたいなセレブな感じの場所って緊張しちゃって落ち着かないんです」
「まあ、うちらは庶民だからねえ。しかし、綾芽さんはあの煌びやかな場所に馴染んでたよねえ」
「ええ。綾芽は子どもの頃から皆の憧れの存在で輝いてましたから。ところで、前から不思議に思ってたんですけど、美咲さんって、綾芽が居ない場所で綾芽の話をするときは『綾芽さん』呼びなのに、綾芽の前では『綾芽』呼びなんですね。何か呼び分ける意味があるんですか?」
「ああ! それね。ただ単に、ビジネスとプライベートで分けて呼んでるだけなんよ。ビジネスの話をする時は『綾芽さん』。プライベートで話す時は『綾芽』。プライベートで、さん付けするの、綾芽さん、めっちゃ嫌がるんよ」
「なるほど。そういうことだったんですね。私は、六歳の頃からずっと『綾芽』って呼び慣れているから、スクールで『綾芽さん』って呼ぶの、何か抵抗あるんですよね」
「幼馴染かあ。私、そういう存在の子いないからしっくりこないんだけど、幼馴染って、そんなに特別なものなん? よく、ラノベとかアニメとかで幼馴染を描いた胸キュンものとかあるけどさ、そこまで至高の存在かね? まだ、いろんな人に出逢っていない時にたまたま近くにいたから運命の人、とか思い込んじゃってるだけなんじゃないのかね? 気ぃ悪くさせたらごめんね。清花と悠介さんのことを否定してるわけじゃないんよ。悠介さんのことを何も知らん私が彼のことを騙るのは腹立たしいかもしれん。どうする? これ以上、私話続けても良い? もし、聞きたくなければやめるけど」
そう言って、美咲は一旦話を区切った。
「いえ。遠慮なく美咲さんの考えを聞かせてください。今の私は、自分を客観視することができないので」
「わかった。じゃあ遠慮なく言うけど怒ったりしないでね」
清花は熱を帯びた目で美咲を見つめた。まるで、何かに縋りつくように。
「悠介さんとは離婚した方がいいと思う。妻に暴力振るう男なんてゴミクズだね。ゴミクズはリサイクルすれば有効利用することができるけど、DV男はリサイクルできん。断言してもいい。私の昔の友達で清花と同じような目に遭ってた子がいたから分かるんよ」
「そのお友達はどうなったんですか?」
「一度離婚して、男の方からやり直そうって言われて再婚したわ。まあ、その後、夫婦関係が上手くいってたのは三カ月くらいだったかな。その夫婦には小さい子どももいたんだけど、旦那は彼女だけじゃなくて子どもにも暴力振るうようになったって。それで、子ども連れてシェルターに駆け込んだらしいことは噂で聞いたんだけど、その後のことは私も知らんわ。清花のとこは、こう言っちゃ失礼かもしれんけど、子どもがいないことが不幸中の幸いだと思う。それに、ストーカー化する男より、悠介さんはよっぽどマシだわ。物心ついた頃から一緒に居て愛着があるのは分かるよ。でも、もう、ここできっぱりやめよう? な?」
気のせいか、清花の目に映る美咲は何かに追い込まれ焦っているように見えた。
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