第三幕ー39
「本人からはまだ口止めされてるんだけど、先週、IT企業の人たちと合コンしたでしょ?
「あっ、はい……」
「その人が、清花のこと良いって言ってたって。向こうの幹事に尋いたんだけど、小野さんは仕事もできるし、性格も温厚で周りからの評判も良いんだって。清花が乗り気なら、私ら幹事二人で清花と小野さんが会う機会セッティングするから、ね? もう、いい加減前向こうよ?」
美咲の躰が小刻みに震え、唇が青褪めていた。
「ちょっと待ってよ! 美咲! 美咲が私のことを心配してくれているのは分かるけど、少し強引過ぎるわ! 私にだって心の準備が必要よ!」
美咲は物悲しそうに微笑んだ。彼女らしくない表情だった。
「はじめて”美咲”って呼んでくれたんだね……もう、考える時間は充分あった筈でしょう? そんな紙切れ一枚役所に出すのに一体いつまでうじうじ悩んでるつもりなん? そうすることに一体何のメリットがあるん?」
清花は、美咲の前で初めてムッとした顔をした。
「そう簡単に割り切れる話じゃないのよ!」
「まだ、あの男に未練があるっていうこと?」
「そ……そうよ。きっと、悠介は、いつか、私の元に戻って来る筈……」
美咲は心底呆れた顔をしながら、
「わかった。もう、私からはこれ以上何も口出ししない。私が知りもしない男のことで清花と仲違いしたくないわ。きついこと言ってごめんね」
と美咲は涙ぐみながら言った。刹那、清花と美咲のスマートフォンに同時に知らせが入った。「アイリ」からのグループラインで、
『二人とも、お疲れ様。やっと解放された。今からちょっと私の家でお喋りしない?』
というお誘いだった。
「清花も行くでしょう?」
美咲が訊いてきた。清花は正直な気持ち行きたくなかった。しかし、ここ数カ月の間に何度かあった綾芽からの誘いを清花は立て続けに断っている。幼馴染と言えども、清花の雇用主だ。彼女の心証を害すれば不当な待遇を受ける可能性もゼロではない。それに、悠介と本当に繋がりがないのか、それとなく探ってみたいという気持ちもあった。
「はい。少しだけ、お邪魔して帰ろうと思います」
「本当、酷いこと言ってごめんな。私、清花には、今まで苦労した分、これからは幸せな人生を歩んでもらいたかったんよ」
「気にしないでください。こんなに私のことを心配してくれる友達、美咲以外にいないですから。嬉しかったです」
「そう。それなら良かったけど……」
「もう、手遅れだわ」
と呟いた美咲の声は、プラットホームに呑み込まれるようにして滑り込んできた電車の音に掻き消され、二人を乗せた電車は暗闇へと吸い込まれて行った。
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