第三幕ー37『第八場』
一月末日。
新宿西口近くの高級ホテルでは、『北原紫ネイルスクール創立十周年祝賀パーティー』が盛大に開催されていた。綾芽の母、北原紫は、三十歳の時に家族と共にアメリカから帰国後、プロのネイリストに成ることを志し、三十二歳で、「JNAジェルネイル技能検定上級試験」「JNECネイリスト技能検定試験一級」に合格し、その後、約三年間都内のネイルサロンで実務経験を積み、三十五歳の時に成城の自宅の一室に「ネイルサロン ソレイユ」をオープン。その技術の高さときめ細やかなサービスは口コミで一気に広まり自宅での施術では手狭となったため、銀座に一号店をオープン、その後新宿に二号店……と次々に店舗を拡大させた。そして、優秀なネイリストを育成していきたいという強い思いから、銀座に「北原 紫ネイルスクール」を開講し、同校を卒業したネイリストたちは、各方面で活躍している。
大粒のクリスタルライトのシャンデリアが甘い果実のように鈴なりに天井からぶら下がっていた。会場内には、芸能人や著名人に疎い清花でも見知っているような顔がちらほらと見え、シャンデリアの眩い光に照らされ更にその輝きを増していた。
「ねえ、松永さん、あの人、女優の
美咲がシャンパンを飲みながら清花に話し掛けてきた。
「ええ、本当。私みたいなのがこんな華やかな場所に居るのが分不相応な気がして」
「どうしたの? ここのところずっと松永さん元気ないみたい」
清花の元気がない理由を、清花本人から聞き知っていた美咲は、周囲を確認してから、
「この後、ちょっと二人で飲みに行かない?」
と誘ってきた。清花は、小さく「はい」と答えた。年末、悠介に離婚届を一方的に叩き付けられた清花は、この紙切れをどうしたら良いものかずっと悩んでいた。粉々に割れたグラスが元通りに戻らないように、悠介と清花の関係が修復不可能なことを清花は頭では理解していた。それでも一つ一つの小さな欠片を血まみれになった指で根気よく丹念に繋ぎ合わせたなら、清らかな水を注ぐことができるようになるのではないか? という希望的観測をどうしても諦め切ることができなかった。そして、あの日を境に、清花の脳裏には、ガラスフィルムに写された仲睦まじい悠介と綾芽の写真が、幻灯機でくるりくるりと輪を描くように投影され、清花は気が狂ってしまいそうだった。
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