第三幕ー49
「私ね、元々は『北原紫ネイルスクール』の受講生だったんよ。プロのネイリストになるんは私の夢だったから高校卒業してすぐ入学したんよ。綾芽さんとは同じクラスだったんだけど、当時の私は、紫先生の大ファンだったから、娘の綾芽さんが気に食わなかったんよ。どうせ、親の七光りだろうがって思ってた。綾芽さんも私も、最初の頃はどんぐりの背比べだったんだけど、綾芽さん、気付いたら皆の遥か高みにいたんよ。それに比べて、私といったら、へったくそで、練習してもしても上手くならんくて講師も半ば呆れ顔だったわ。そんな中、綾芽さんだけは私に対して親身になってくれたんよ。遅くまで練習に付き合ってくれて、愚痴も嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。ああ、世の中には、容姿も心も綺麗な神様みたいな人が実在するんだなあって思ったわ。それでもな、人には向き不向きっていうもんがあって、私は綾芽さんの期待に応えることができず、ネイリストになる夢を諦めてしまったんよ。そしたら、なんかもう、自分が生きてる意味みたいのがわかんなくなってしまって。いじけて、自暴自棄になってしまったんよ。そんな私を綾芽さんは放って置けなかったんだろうなあ。『そんなにネイルが好きなら、ネイリストに拘らなくてもいいじゃない?』って言って、今の仕事を紹介してくれたんよ。アンタ知らないかもしれんけど、うちのスクールに入社するんは、けっこう大変なんよ。正直、最初の頃は分割払いで支払った受講料を返済するために渋々って感じだったんだけど、慣れてきたらなんか楽しくなってきて、修了生の子たちに『城戸さんの明るい笑顔、励みになりました。ありがとうございます』って言われた時は、嬉し涙流したわ。きっと、綾芽さんは、私の適正を見抜いてたんだと思う。そんなわけで、私にとっての神様は綾芽さんだけ。広報の子らみたいな俄か信者と一緒にしないでな? あんなん、ただのミーハーでしょ? 私は一生綾芽さんに着いていくって決めたんよ。だから、綾芽さんに仇なす者は私にとっても敵ってわけ。そんなわけで、清花、アンタは私の敵なんよ。悪く思わんでね」
美咲は、心の奥底に沈殿した澱を吐き出すように一気に話すと、その後は、ミヤマとの交替の時間まで一言も口を開かなかった。北原綾芽という女の毒は本当に恐ろしい。薔薇の花のような美しい姿と甘い香りでおびき寄せ、茎で雁字搦めにする。隠し持っていた棘から毒を注入された人は彼女の虜となる。清花は、情に脆そうな美咲を利用して脱出をしようと企んでいた。しかし、美咲の綾芽に対する忠誠心は盲目的なレベルで、彼女は何があろうとも決して綾芽を裏切ることはしないだろう、と諦めた。美咲の情に訴える作戦が不可能ならば、ミヤマに一縷の望みを託すしかない、と清花は思った。しかし、ミヤマという男、まったくもって得体が知れない。「私は芸能人です」と言われれば、ああ、そうなんだろうなあと納得してしまうほどの綺麗な顔に優しい声と話し方。しかし、彼からは生気が全くもって感じられない。それだけではない。人間らしい喜怒哀楽の感情すら一切、伝わってこない。「死神」。もしも、そんな神が本当に存在するならば、彼のように美しい姿かたちをしているのではないか? そう思わずにはいられなかった。
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