第二幕ー5『追憶1』

 スポットライトが眩しくて、心地良かった。光を浴びている間、私は皆が憧れる虚像の「北原綾芽」でいることができる。心の奥底に眠っている私の狂気を隠し通すことができる。


「北原さんっ! 『ワールド ネイリスト コンペティションin London 』で、日本人初の総合優勝おめでとうございます! 今の率直なお気持ちをお聞かせ願いますか?」

 私とモデルの仁奈にいなを、たくさんの美容雑誌やファッション雑誌の記者たちが、ぐるりと取り囲んでいた。カメラのフラッシュが炸裂する中、私は満面の笑みを浮かべ記者の質問に答えた。

「ありがとうございます。正直、まだ実感が沸いておりません。まるで夢の中にでもいるかのような気分です。この瞬間が、ずっとずっと未来永劫続いてくれればいいのに、と思います。私が今回、このような誉れ高き賞を頂くことができましたのは、私を励まし支えてくれたモデルの仁奈、共にネイリストとしての技術やモチベーションを高め合ってきた仲間たち、そして……私が、プロのネイリストになることを決心した十八歳の頃から、熱心に根気強く指導してくださった、私の恩師であり母でもある、北原紫先生のお陰だと思っております」

 私の視線の先には、私同様にメディアから取材を受ける母の姿があった。母は、ネイリスト業界に於いて、その名を知らない者は潜りだと言われるほどの重鎮であり、わざわざ、海外のネイルコンペに、こんなに大勢のメディアが取材に訪れているのは、「北原紫」のネームバリューによるところが大きかった。私は、言葉を繋いだ。

「『この瞬間が、ずっとずっと未来永劫続いてくれればいいのに』などと、先程申し上げてしまいましたが、取り消せるものなら取り消したい気持ちです。私は、この瞬間、第一歩を踏み出した一ネイリストに過ぎません。これからも、決して立ち止まることなく、ひとつひとつ壁を乗り越えて、更なる高みを目指していきたいと思います!」

 歓声が沸き起こり、私を称賛する万雷の拍手が鳴り響いた。私は、ネイルの世界に没頭している時だけ、忌々しいあのことを忘れることができた。九年前、私が十七歳の時に起こったあのことは、どんなにゴシゴシ擦っても落ちない、しつこい染みとなって私の心の奥底にこびりついていた。

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