第二幕ー6
テムズ川ほとりにある洒落たレストランバーで祝賀パーティーを終えた私がホテルに戻ったのは、深夜一時を過ぎた頃だった。私はまだ、眩い光の中にいるような余韻に浸っていた。いつものように、インスタグラム、フェイスブック、ツイッターを開き、「ワールド ネイリスト コンペティション in London」で撮影した華やかな写真をアップすると、ものすごい勢いで、フォロワーたちからお祝いの言葉が届いた。
『おめでとう! 私も綾芽さんみたいになりたい!』『日本人初の総合優勝、すごいっ!』『綾芽さんがモデルさんみたい!』『綾芽さんに憧れてネイリストスクールに通い始めました!』『おめっ! また、ネイルお願いね!』『私も負けてられないっ!』
ひっきりなしに届く称賛のコメントに私は酔いしれた。まだ光は続いている。このまま眠ってしまうのは勿体ないと思った私は、ルームサービスで、赤ワインとチーズの盛り合わせを注文し、ワインを飲みながら、ひとり悦に入った。私のSNSでのフォロワー数は、インスタグラム、フェイスブック、ツイッターを合わせると優に十万を超えていた。母のネイリスト業界に於けるネームバリューと、恵まれた容姿のお陰で、私は、他のネイリスト仲間たちより”話題性”という点に於いて断然有利だった。中には、そんな私を妬み、”親の七光り”などと陰口を叩く者も少なからずいたが、今回「ワールド ネイリスト コンペティション in London」という世界の舞台で日本人初の総合優勝という快挙を成し遂げたことで、アンチたちを黙らせることもできるだろう。ますます私の知名度は上がり、サロンでの集客も増え、芸能人たちからのご指名も増え、雑誌やテレビなどメディアでの露出も増える。
「そろそろ、マネージャーつけないと管理し切れないわ」
私は、捌き切れていないツイッターのフォローリクエストをひとつひとつ、取り零しがないよう念入りにチェックした。何百ものリクエストを順番にチェックしている途中、私の目に飛び込んで来た名前を見て息が止まりそうになった。
「松永(山中)清花……」
思わず声が漏れた。プロフィール画像には何の写真もない。そんなもの無くても、旧姓をわざわざ括弧書きに入れることで、何としてでも私と接触したいという、あの女の意図は読めた。
「本当に食いついてくるとは思わなかったわ。相変わらず厚かましい女あ」
私の”人生”と”人格”を激しく狂わせた元凶の女。私は、オマエを一生赦さないっ! 右手に握っていたワイングラスを、思い切り、壁へと叩きつけると、形を失ったワイングラスは、ジグソーパズルのピースみたいにバラバラになって、シャリン、パリン、と、女の悲鳴みたいな気色悪い声をあげながら、そのまま、床に力なく崩れ堕ちた。血の色をしたワインが、純白の壁に、解読不可能なダイイングメッセージみたいな悍ましい染みを描いた。
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