第一幕ー10『反省文2』
私は、幼少期を足立区のマンションで過ごした。マンションというのは名ばかりで、薄墨色の壁で囲まれた大きな箱には其処彼処にひびが入っていて、団地と呼んだ方が分相応な建物だった。隅田川と荒川の穏やかな流れに挟まれるように位置するこのエリアは、豊かな自然に恵まれていて、荒川の河川敷には公園やグラウンドがあり、都心に住んでいることを忘れるほど長閑で、人々も皆、温かかった。
私が、小学校に上がる少し前の春休み。半年ほど前から建設工事中だった豪邸が遂に完成した。春光を浴びて聳え立つ汚れひとつ見当たらない純白の豪邸。低所得者層から中流階級が大部分を占めるこの下町において、その豪邸は、完全に悪目立ちしていた。噂好きの近所のおばちゃんたちは、この豪邸を「白亜の城」と揶揄し、この下町の景観を損ねるだの、悪趣味だのと、底意地の悪い顔をして話に花を咲かせていたが、一頻り盛り上がった後、皆一様に重いため息を吐きながら「いいわよねえ。お金に余裕があるお宅は」と言っていた。私は、こんな立派な豪邸に住む人はどんな人なのだろう、という好奇心でいっぱいだった。
数日後、近所の子供たちは皆、まるで、動物園にパンダの赤ちゃんを見に行くような白熱ぶりで、キャッキャと騒ぎながら「なかよし公園」に向かって行った。
「おい、さやか! おれたちも『なかよし公園』に行くぞ!」
「みんな、いったい、なにをさわいでいるの?」
「『なかよし公園』に『はくあのしろ』のおひめさまがきているらしいぞ!」
そう言って、悠介は、私の手を引いて、ずんずんと歩を進めた。私は、こうして、悠介にリードされるのが好きだった。まるで、王子様にエスコートされるお姫様みたいだと思っていた。これからもずっと、悠介は、私だけの王子様でいてくれると信じて疑わなかった。本物のお姫様と出逢うまでは。
私が、初めて、綾芽を見た時のことは、今でも鮮明に憶えている。建設後二十年以上経過していた「なかよし公園」は、公園全体が、錆びて腐って、くすんでいた。私が「分相応」という言葉を知るのは、もう少し先のことになるが、その言葉を拝借させてもらうなら、私たちには「分相応」の公園だったのだ。しかし、綾芽は違っていた。長い間雨風にさらされ、茶色だか黒だか緑だかわからなくなってしまった、朽ちた木のベンチに座り本を読む彼女は、お城から執事の監視の目を掻い潜り束の間の自由を満喫するお姫様のようだった。純白の高価そうなワンピースから、すらっと伸びた長い手足。色白の小さな顔に、お人形さんのように整った目、鼻、口。皆、ポカンと口を開き、腑抜けた顔をして彼女に見惚れていた。
「綺麗だな」
隣で悠介がぼそりと呟いた。黒く、もやもやとした物体が私の中で生まれた瞬間だった。
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