第一幕ー9
錦糸町北口から徒歩五分ほどの所にあるオフィスビルの五階にあるコールセンターに到着した私は、中番シフトの十三時まで三十分以上時間があることを確認し、従業員の休憩室へと向かった。ドアを開けた途端、冷風が袖口を通り抜け私の躰に入り込んで来て、一瞬にして汗を冷やした。私は、思わずぶるっと身震いをした。そして、周りに誰もいないことを確認すると、使い古した帆布のトートバッグからタオルを取り出し冷えた汗を拭った。昨晩、夫に畳の上を引き摺られた時にできた背中の擦り傷がピリピリと痛んだ。誰かが消し忘れたテレビ画面には、情報・バラエティ番組が映し出され、十代と思われる、若い二人のモデルみたいに綺麗な女の子たちが、今流行りのスイーツを元気いっぱいに紹介していた。ノースリーブの可愛らしいワンピースからすらりと伸びた、傷一つない白く長い手脚を見ているうちに、私は、なんだか、彼女たちが無性に憎らしく思えてきた。テレビを消そうと、リモコンの電源ボタンに指を当てると、背後から、
「ちょっと待って!」
という声が聴こえてきた。
「この後のコーナーが観たいのよ!」
そう言いながら、唐木さんは、私の隣の椅子に当たり前のように腰掛けた。メーンMCである人気お笑い芸人が、
「さて、今日ご紹介する、輝く女性起業家は、カリスマネイリストとして一躍時の人となったこの方でーす!」
と言うと、観客席から割れんばかりの歓声が沸き起こった。妖艶な笑みを浮かべながら、颯爽と登場する彼女を見る観客席の女性たちは、皆、陶酔しきった様子だった。
「ほんと、女優さんみたいに綺麗だわあ。確か、彼女、松永さんと同じくらいのトシよ」
「あの……唐木さん、この人の名前って……」
「ええっ、松永さん知らないのお?『
(間違いない……『綾芽』だ)
九年もの長い間、私の意識の最下層に封印していた記憶が、鮮明に、そして、激しい痛みを伴って蘇った。
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