第一幕ー13

 ―― 綾芽だった。


 先ほどまで、ほろほろと泣いていたか弱き女の子とはまるで別人だった。フランス人形のように均整のとれた顔は、彼女の内から湧き上がる怒りの感情で歪み、それは、とても怖ろしく……そして、美しかった。

「おいっ! デカブツっ! オマエ、あやまれ! 私と、この子にしたことをあやまれ!」

 綾芽は、勝太の鳩尾を執拗に攻撃していた。勝太は、「うあ……」っと悲痛な呻き声を漏らしていた。

 綾芽は、砂場の上でぐったりと横たわる悠介の元へ近づき、悠介の耳元で何かを囁いた。悠介は泥塗れになった顔を両腕でぐしぐしと拭いながら、ゆっくりと身を起こした。勝太に殴られたところが痛むのか、何度も表情を歪めていた。この隙を窺って逃げ出そうとする勝太を、綾芽は、再び踏みつけ、至近距離から泥団子を浴びせた。

「にげるなっ! この、ひきょうものっ! どげざしてあやまるまで、わたしは、オマエをゆるさないっ!」

 綾芽の凄まじい気迫に根負けした勝太は、巨躯を縮こませて、「ごめんなさい」「ゆるしてください」「もう、しません」と、人間の言葉を覚えた九官鳥のように、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返していた。ようやく許しを得た勝太は、逃げるようにして公園から姿を消した。水彩絵の具で彩られたような春夕焼けが、町全体を優しく包み込んでいた。悠介と綾芽がお互いの顔を見合わせてお腹を抱えて笑っている姿を、私は、二人から離れた場所からじっとりとみつめていた。きっと、その時の私の顔は歪んでいて、そして、とても醜くかったと思う。

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