第一幕ー40

 ツイッター、インスタグラム、フェイスブック。綾芽が利用しているSNSの情報を隈なくチェックした。彼女は、七月十八日から七月二十一日まで、ロンドンで開催されている『ワールド ネイリスト コンペティション in London 』という、プロのネイリストのコンペに出場するようだ。私は、それぞれのSNSでフォローリクエストや友達申請をし、綾芽から何かしらの反応が返ってくることを祈った。その間、特にやるべきこともなかったので、漫画本でも読んで気を紛らそうとしたが、綾芽のことを考えることを一瞬でも忘れさせてくれるほど面白い本もなかったので、買い物に出掛けた。少し寒いと感じるくらいにクーラーが効いていたネットカフェを出ると、灼け付くような日差しが街全体を包み込んでホイル焼きにしているようだった。ヒートアイランド現象で高温になったアスファルトの道路の上は、まさに炎で熱したフライパンのようであり、私の足裏は火傷で真っ赤になっていた。道行く人は、異様な風体の私を見て、嘲笑したり、視線を逸らしたりしていた。ネットで調べた激安衣料品店に辿り着いた私は、真っ先にサンダルを買った。たかがサンダルを履いただけで、私は、少しだけまともな人間に成れたような気がした。その他にUVカットパーカーとTシャツとデニムを買った。その足で、ドラッグストアに行き、消毒液と絆創膏、栄養調整食品を買った。これだけ買い揃えれば、暫くの間ネットカフェに籠城することができるだろうと思うと、自然と顔がにやけた。


 ネットカフェ難民となってから三日ほどが過ぎ、これまで生きてきた二十六年間の人生でもっとも快活だったかもしれないと思うくらい、私はここでの生活に慣れた。ドリンクバーでよく行き会う灰色の作業着を身に纏った五十代前半くらいに見えるおじさんと世間話をしたりもした。長年勤めていた会社をリストラされ女房子どもに逃げられてから、真面目に働くことに嫌気が差し、二束三文でマイホームを売り払い、日雇いの仕事をしながらネットカフェを転々として暮らしているそうだ。自分はまっとうだと思っている人間が聞いたら、彼のことを不憫に思うだろう。しかし、社会の枠の中で雁字搦めになって生きてきた彼が自ら選択した「自由」な人生は、幸い彼にフィットしたらしく、私の目に映る彼は輝いて見えた。

 綾芽とコンタクトが取れたのは、ネットカフェに暮らし始めてから五日目の深夜だった。ツイッターでのフォロー申請が承認され、DMが届いていた。きっと、九年間分の恨みつらみが綴られているのだろうと思ったし、私は、彼女に対してそれだけ酷いことをしてしまったのだから、彼女の批判全てを受け入れ、全身全霊で謝罪するべきだと覚悟していた。それでも、いざその時が来ると、傷つくのが怖い、などとぬかし尻込みしてしまう、どうしようもなく屑な自分がDMを開封するまでに小一時間もの時間を要した。

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