第一幕ー41


『清花? 本当に清花なの? 高校二年の時以来だから、九年ぶりくらい? 松永清花、ってことは……悠介と結婚したの? もうっ! どうして結婚式に呼んでくれないのよ! ねえ、急な話で申し訳ないんだけど、私、明日帰国して、明後日は仕事がオフなの。もし清花の都合が良ければ、うちに遊びに来ない? 積もる話がたくさんあるの。久しぶりに清花に会いたいな』


 内容に目を通した私は、正直、拍子抜けした。恨み言の一言も書かれていないことが、かえって恐怖心を駆り立てた。もしかしたら、これは、積年の恨みつらみを晴らすための罠かもしれない。深読みし過ぎだろうか?「人間の『怒り』の感情を瞬間湯沸かし器に例えるなら、『恨み』の感情は血の池地獄だ」と高校時代、付き合っていたシェイクスピア好きの彼氏が言っていた言葉を私は反芻した。強い恨みを「黒」の絵具、幸せを「白」の絵具に例えるなら、「黒」で染まったキャンバスを塗り潰すのに必要な「白」の絵具はどれくらい必要だろうか? 今の綾芽は、誰もが羨むような輝かしい人生を送っている筈だ。きっと、悠介なんかよりいい男との出逢いも山ほどあることだろう。

「きっと、『白』は足りている筈!」

 私は、都合良く自分に言い聞かせ、綾芽に返事を書いた。


『ありがとう、綾芽! あの時、あなたに、ちゃんと謝ることができないまま、離れ離れになってしまったことを後悔しない日はたった一日、一分、一秒たりともありません。会って、あの時のことを心から謝りたいです。お言葉に甘えて、明後日、そちらに伺います。久しぶりに綾芽に会えること、心から楽しみにしています!』


 そう返信をして、私は、眠りに就いた。

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