第三幕ー30
「ねえ、おねえちゃんが、さっき言ってた『うれしなみだ』って、なあに?」
大智が、清花の顔を覗き込みながらきいてきた。
「とっても嬉しくてたまらない時に流す涙のことよ」
「ふうん。へんなのぉ。ボクがなくときは、とってもかなしいときとか、とってもいたいときとか、とってもくやしいときとか、しかないや」
「おねえちゃんも、今まではそういう時に泣いていたわ」
そう言うと、大智は、むうっという表情をして何かを考え始めた。しばらくしてから、
「やっぱりへんだよ!」
と、大智が言った。
「どうして、そう思うの?」
「だって、おねえちゃん、とってもかなしそうにみえるもんっ」
子どもという生き物はとても怖ろしいものだと清花は思った。大人は騙せても、子どもを騙すことは容易ではないと思い知らされた。
「参ったなあ。大智くんにはバレちゃったかあ」
「だって、おねえちゃん、『えんぎ』へたすぎだもん」
思わず、清花は吹き出した。
「ほんとうのことおしえてくれないと、ボク、パパやママにはなしちゃうかもよ?」
「わかった、わかった。話すから、絶対みんなには秘密にするって約束できる?」
「うんっ!」
そう言って、ふたりは指切りげんまんをした。
「おねえちゃんね、大智くんと、大智くんのパパとママが楽しそうにしているのを見てたら羨ましくなっちゃって、おねえちゃんの大切な人のことを思い出しちゃったの」
「おねえちゃんの大切な人は死んじゃったの?」
「ううん。生きてるよ。どこかで。でもね、会えないの」
「むう? なにそれ? たいせつなひとなのにあえないの? へんなのっ! そしたら、おねえちゃんが、たいせつなひとにあいにいけばいいじゃん?」
清花は、大智の言葉にハッと息を呑んだ。そうだ。そんなに悠介のことが気になるのなら自分から会いに行けばいいだけだ。
「そっかあ。大智くんは、とっても頭がいいんだね」
「まあねっ!」
大智は、はにかみ笑顔を浮かべて、人差し指で鼻の下を擦った。もしも、悠介と自分との間に子どもがいたなら、二人の関係がこんなに拗れることはなかったかもしれない。そう考えると、目の前にいる無垢な少年のことが愛おしくもあり、憎らしくも感じられた。
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