第二幕ー31


 一年の夏休みが終わり、短い夏に翳りが見え始めていた頃。清花は私たちと距離を置こうとしていた。

「妹の病気がまた悪化したから、私、暫く、お母さんの代わりに家の中のことやらなくちゃならないの。二人は、部活頑張ってね」

 他人の家庭の事情なんて、その家庭の一員にでもならない限り真実などわからない。けれども、私は、彼女のこの言葉から強い意志のようなものを感じた。悠介を失ったら自らの命を絶つことも厭わないとまで言い放ち、彼に固執した女が下したこの決断に意図がないわけがない。一度身を引いたフリをして彼の気を引こうというベタな駆け引きをするような類の女でないことはよくわかっていた。それでは、彼女は本当に悠介を諦めようというのか? あなたの悠介に対する想いはその程度のものだったのか? 私は、強烈な恋敵を失ったような気がして、なんだか裏切られたような気持ちになった。

「そっか。何か私にできることがあったら、遠慮なく言ってね」

「ありがとう。その気持ちが嬉しいよ」

 そう言った清花の表情には、私に対する嫌悪感が滲み出ていた。


 新年を迎え、三学期に入って間もなくのことだった。終業後のホームルームが終わり、一日のお役目から解放されたクラスメイトたちがはしゃいでいる中、いつも速攻で教室から出ていく清花が、後ろ側のドアの辺りで何やら落ち着かない様子で立っていた。数分後、黒縁の眼鏡を掛けた痩身の男が現れて、清花はその男と一緒に教室を出て行った。

「あー、あの男、清花の彼氏やん。おとなしそうな顔して清花もけっこうやるよね。ウチ、ああいうインテリげな男、けっこうタイプやわ」

 中学時代までを大阪で暮らしていた紗理奈が私に話し掛けてきた。

「えっ? そうなの? いつの間に? 私、清花から聞いてないんだけど」

 私は、驚きを隠すことができなかった。

「ばかっ! 紗理奈! 清花から綾芽には秘密って言われてたじゃんっ!」

 瑞樹が、切り過ぎた前髪を伸ばすようにしながら言った。

「だって、ウチ、隠し事とか嫌いやし。ウチに話した時点で、バラしたってやって言うとるようなもんやん?」

 紗理奈の言う通りだと思った。清花は、私に直接言わずに、敢えて軽口な紗理奈に話すことで、彼氏ができたという情報が私の耳に入ることを狙っていたのだと思う。このことは何を意味しているのか? 「私は、悠介という過去に囚われることなく新しい人生を歩んでいます」というアピールとして捉えるべきなのか? それとも「私はあなたより優位に立っている」というくだらない女の見栄として捉えるべきなのか? いずれにしても、私の心をざわつかせたという点に於いて、私は、清花の手のひらの上でくるくると踊らされた間抜けなピエロであり、敗北者であった。

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