第三幕ー6
平日の深夜ということもあって二十四時間営業の居酒屋チェーン店は閑散としていた。店員も暇を持て余している様子で、二人が入店すると、
「いらっしゃいませえ! 二名様ご案内でーす!」
という、威勢のいい声を店内に響かせた。個室に案内された二人は生中とつまみを何品か注文した。
「今日は、久しぶりに勝たせて頂いて本当にありがとうございました。師匠には勝ち台が見えるんすか? まさか『サクラ』っていうオチじゃないっすよね?」
悠介は、興奮冷めやらぬ様子で男にビールを注ぎながら訊ねた。男は笑みをこぼしながら、
「『サクラ』じゃありませんよ。昔から、勝負勘だけは強くて。まあ、ギャンブルに限った話ですけどね。他は、てんでダメです。それと、”師匠”って呼ばれるの気恥しいんで、私のことは『ミヤマ』って呼んで頂けませんか? 宮大工の『宮』に居間の『間』で『宮間』です」
「あっ! これは失礼しました! パチのことで頭がいっぱいでうっかりしていました!
俺は『松永』っていいます。以後お見知りおきを」
「松永さんは、楽しい方ですね。雰囲気が少し私のかつての親友に似ているので、ついつい親しみを感じてしまいます」
そう言った宮間の顔には深い哀しみの色が浮かんでいた。悠介は「かつての親友」という言葉に引っ掛かりを感じたが、そのことについて深く訊いてはいけないような気がした。
「へえぇ。そいつは光栄っすね。ところで、宮間さんは既婚者ですか?」
宮間の指にはどこにも結婚指輪らしきものが見当たらなかった。今時、既婚者で結婚指輪をしていない男なんて特に珍しくもないが、この男が纏うどこか浮世離れした「死」を感じさせるオーラには、何か秘め事があるような気がしたのだ。
「いちおう、妻と息子はいますよ。私と息子に血のつながりはありませんが、可愛いもんですよ」
「へえぇ。そいつは羨ましいなあ。宮間さんほどのいい男が選んだ嫁さんなら、さぞかしいい女なんでしょうねえ」
「いえいえ、その辺のスーパーで特売品漁ってる普通の主婦ですよ。まあまあ、私の話はこのへんにしておいて……松永さんは、ご結婚されているんですか?」
悠介は、宮間の質問に対して何と答えるべきか逡巡した。出逢ったばかりの得体の知れないこの男に悠介が抱えている家庭内での問題を話すべきかどうか。いや、お互いの正体を良く知らないもの同士だからこそ話せることもあるのではないか? 悠介は、半分ほどジョッキに残った琥珀色のビールを飲み干し、冷酒を追加注文した。
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