第三幕ー7

「少々、辛気臭い話になっちまうんですが、話、聞いてもらえますか?」

 と言うと、宮間は「私で良ければ」と言った。悠介は、ぐい吞みをひとつ宮間に手渡し、とくとくと冷酒を注いだ。悠介のぐい吞みに宮間が酌をしようとするのを悠介は制止して手酌をし、乾杯をした。

「お恥ずかしい話なんですが、俺、少し前に会社をリストラされちまいまして、今、無職なんですよ」

「そうだったんですか。それは、とてもお辛い思いをしましたね」

 宮間の慈悲に満ちた声は天使のものとも悪魔のものとも思えた。聞き上手な宮間に、悠介はかなり心を許していた。

「妻はいます。ガキの頃からの幼馴染で、俺が大学を卒業し、前の会社に就職して半年後の冬に結婚しました。子どもはいません」

 宮間は、頷きながら真剣に悠介の話に耳を傾けていた。悠介は、心の澱を吐き出すように話を続けた。

「俺……妻のことを愛していないんです。俺が愛する女は、ガキの頃からただ一人……」

 悠介の目から涙が零れた。

「すいません、みっともねえ姿見せちまって、すいません」

 悠介は、右腕で涙を拭いながら言った。

「松永さん。泣きたい時は泣いていいんですよ。知己ではない私にだから心置きなく話せることだってあるでしょう。全部吐き出してすっきりしちゃいましょうよ」

 悠介は、おしぼりで顔を拭い、話続けた。

「俺と妻と彼女はガキの頃から三人でつるんでいた幼馴染でして、元々は俺と妻の清花の二人だったんですが、俺たちが小学校に上がる前の春休みに『彼女』がアメリカから越して来ました。絵本の中から飛び出してきたみたいな可愛い子で、俺たち下町の小汚いガキどもはみんな彼女に釘付けでしたよ。まあ、いろいろとありまして、俺と妻と彼女は三人でつるむようになりました、って、こんな感じで話長いんすけど、大丈夫っすか?」

「大丈夫ですよ。気にせずに続けてください」

 宮間は悠介のぐい吞みに冷酒を注ぎながら微笑んだ。

「彼女の家はとても裕福で正真正銘のお嬢様でしたから、そんな彼女と俺との間に共通点があるなんて微塵も思ってませんでした。でもね、十二歳の夏休みに、俺たちは似たような境遇で生きてきたことを確認し合ったんですよ」

「どういうことなんですか?」

 宮間が合いの手を入れた。

「俺は、当時……まあ、その後も何年か続くのですが、父親から日常的に暴力を振るわれていました。そして、彼女も、幼少期に実の母親から酷い虐待を受けていたと打ち明けたんですよ。それから、『運命共同体』と呼べるほどに俺たちは急速にお互いの絆を強め、年齢が上がるにつれ、自然と男女として意識し合うようになりました」

「彼女とは付き合っていなかったのですか?」

「特に、付き合おうとか言葉を交わしたわけではないですけど、付き合っていたも同然だったと思います。ただ、俺たちが幸せになるには大きな障害がありました」

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