第二幕ー8

 まるで予め用意されていたように、新しい母と名乗る女が家に入ってきた。ゆかりと名乗る継母は、実母同様、見目好い人であったが、瞳にはちゃんと光が宿っており、とても優しい人だった。しかし、実母の虐待によって躰と心に深い恐怖を刻み込まれていた私は、彼女に対して易々と心を開くことができなかった。心を閉ざし言葉を発することができなくなってしまった私に対し彼女は辛抱強く寄り添った。本を朗読してくれたり、絵を描いてくれたり、私が好きだったカートゥーンのキャラを模したお弁当を作ってくれたり、公園に散歩に連れて行ってくれたりした。そんな日々を過ごすうちに、この人なら大丈夫なのではないか? という信頼の芽が私の心の中で息吹き始めていた。

「ねえ、前のママね、わたしのことなんかうまなきゃよかったっていってたの。あなたは、わたしのほんとうのママじゃないのに、わたしがじゃまじゃないの?」

 そう言うと、彼女は、瞳から大粒の真珠みたいな涙をぽろぽろ流しながら、私をぎゅっと抱きしめた。彼女のぬくもりが傷ついた躰を癒していくような気がした。

「そんな悲しいこと言わないで。ほんとうのママじゃないなんて悲しいこと言わないで。私は、綾芽を産んだママじゃないけど、綾芽のたったひとりのママになりたい。だめかなあ?」

 氷壁が溶けて崩れ小川となり、さらさらとした清水のせせらぎの音が聴こえた。その時から、私たちは血のつながった母子以上の絆で繋がった母子となった。私のママは世界中でひとりだけ。私は、ママのことが大好きになった。私は、この頃、長きにわたり虐待を受け続けたことによる心的外傷ストレス障害(PTSD)を患っていた。虐待されたことを繰り返し思い出して苦痛で蹲ったり、恐怖で叫んだり、自分自身の躰に傷をつけることもあった。そんな時、ママは、

「大丈夫、大丈夫だから、ママが綾芽を守ってあげるからね」

と言って、発作が落ち着くまで、ずっと私を優しく抱きしめてくれた。

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