第三幕ー25

「美咲さんは何年前から、こちらで働いているんですか?」

「んー、私がハタチの時からだから、かれこれ六年だね。私もそこそこのベテラン社員なんよ」

「そうなんですね。何かきっかけがあって、スクール内に派閥ができてしまったんですか?」

「うん。一年くらい前だったかな? 紫先生が多忙を理由に綾芽さんにスクールの経営を一任して綾芽さんが実質上スクールのトップとなったことに対し、緑川率いる『紫先生派』の奴らが反発したんよ。『まだ、綾芽先生には早過ぎる』とか言ってね。そんな最中、今年の七月に、綾芽さんが『ワールド ネイリスト コンペティションin London』で、日本人初の総合優勝という快挙を成し遂げたでしょ? 緑川たちにとってはますます面白くないわけよ。そんなわけで、今、二つの派閥の勢力争いは勢いを増しているっていうわけ。ぶっちゃけ言っちゃうと、清花の前任者の子は、派閥争いっていうか、緑川に巻き込まれて退職しちゃったの。私は、性格図太いから大抵のことは受け流せるんだけど、その子は繊細な子で精神やられちゃったんだよねえ。だから、私、後任で入ってくる仲間は全力で守ろうと思ってるんよ。だから、清花、あんなババアに負けないでね」

 清花の胸中に不安が渦巻いた。こんな煩わしい人間関係の中で自分のメンタルは持ち堪えることができるだろうか? しかし、綾芽の厚意を裏切るわけにはいかない。そして、美咲のことも。それに、自分は二年間も悠介の凄まじいDVを耐え忍んできたのだ。自分が思っている以上に強いメンタルを持っているのかもしれない。そう思ったら、気持ちが楽になった。

「あの、緑川先生が、私に対して嫌悪感を示した理由はよく分かったのですが、あの場に居た若いスタッフたちが嫌な顔をしたのはどうしてなんでしょう? あの方たちは『紫先生派』の方たちなんですか?」

「ああ、そっちね! あの子たちは広報担当の子たちなんだけど、彼女たちは皆、綾芽さんに強い憧れを抱いて入社してきた子たちなの。綾芽さん、テレビや雑誌のメディアで引っ張りだこじゃない? 彼女たちにとって、綾芽さんは神様みたいな存在なのよ。だから、清花が、綾芽さんにネイルしてもらったって聞いて敵対心剥き出しにしてたってわけよ。違ってたら謝るけど、たぶん、清花は綾芽さんのコネで入社してきたんでしょ? 綾芽さんのお友達がなんかなの?」

 その話を聞いた清花は、高校時代に綾芽に対し異常なまでの憧れを抱いていた瑞樹と紗理奈のことを思い出していた。綾芽は人を魅了し狂わせるほどの毒を持ってこの世に命を宿した女だということを清花は思い知らされた。もし、美咲も綾芽の毒に侵された人の中のひとりだとしたら? 清花は、美咲に本当のことを話して良いものか逡巡した。

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