第三幕ー56
「ねえ、清花、どうして、私たち、出逢っちゃったのかしらねえ? 私ね、ハッピーエンドの物語が好きなのよ。あなた、知ってるでしょう? 悠介もあなたも私も、みんな、おじいちゃん、おばあちゃんになってさあ、昔はいろいろあったよねえ、なんて言いながら、三人で縁側に並んで座って、綺麗なお花がたくさん咲いたお庭を眺めながらお茶を飲むの。憎しみも悲しみも怒りも、すべて水に流して。みんな嘘偽りのない笑顔を浮かべて。どう? 素敵じゃない?」
「……」
「ねえ、返事してよ。ねえ」
綾芽は清花を膝の上に横たわらせて揺さぶった。
「ねえ、嘘でしょ? 死んじゃったの?」
蒼白く血の気が引いた清花の顔。呼吸も脈も完全に止まっている。清花の細い手首はひんやりとし、痛々しい自傷跡が、清花が生きた証を物語っているように見えた。
「おいっ! この程度でくたばってんじゃねえよっ! おいっ! 死んだふりしてんじゃねえよっ! この、カマトト女っ!」
猛り狂った獣のような悲痛な叫び声が、長時間、薄墨色のコンクリートの部屋に響き渡り、綾芽がコンクリート壁に頭を打ち付けるごーん、ごーんという低い音はロシア正教会の鐘の音を彷彿とさせた。
額から血を流しながら、綾芽は、清花を背負い「プライベート ネイルサロン ルーム」へと続く朽ちた木の階段を登って行った。そして、施術用のリクライニングチェアに清花を横たわらせると、収納棚に並べてあるLEDライト、紫外線消毒器、エメリーボード、ネイルニッパー、ベースコートなど、ネイルアートに必要な用具用材を持ち出し、チェアの横にあるワゴンの上に綺麗に並べた。清花の手指の消毒をしながら、
「あのね……私、清花に嘘吐いてたんだあ。ごめんね。清花をうちの会社に採用した時、お祝いにって、あなたにネイルアートしてあげたでしょ? スノードロップの花のネイルアート憶えてる? 私がこの花の花言葉は、『逆境の中の希望、慰め、もしもの時の友、楽しいお告げ』だって言ったら、清花、喜んでくれたわよね。嘘じゃないのよ。そういう意味もあるの。でもね、スノードロップの本当の花言葉は『あなたの死を望みます』なの。まさか本当に死んじゃうなんて思わなかったの。本当よ? だから、お詫びに、カリスマネイリスト北原綾芽による最期のネイルアートを施してあげるわね。そうね、例えるなら、死化粧(エンゼルメイク)みたいなものよ。綺麗にしましょうね」
綾芽は、手際良く、やすりで清花の爪の長さと形を整え、角質の除去をし、甘皮のケアをした。次に、ベースコートを塗り、艶のある漆黒のジェルネイルを塗った。LEDライトで片手ずつ乾かし、漆黒のベースジェルの上に、若紫色の「ミヤコワスレ」の花びらを一枚一枚丁寧に描き、その上にキラキラ輝く金色のラメをバランス良く配置し、トップコートで艶出しをした。
「お客様、完成しましたよ。お気に召して頂けましたか?」
綾芽の涙が、清花の爪の上に、雨粒みたいに、ぽたり、ぽたりと堕ちた。
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