第一幕「松永 清花」ー1

 先日執行された北原邸での家宅捜査で押収された証拠品を矯めつ眇めつした後、中島警部は、眉間に皺を寄せながら、『反省文』と表紙に書かれたノートの束を手に取った。国内一、二位を争う大手文具メーカーの商品だと一目でわかるキャンパスノートは全部で六冊あり、『反省文』という表題の横には、一から六の通し番号がふられていた。

「なんすかね、それ?」

 内海警部が、明るい栗色の髪を指先でくるくると弄び始めた。その動作は、虫の居所が悪い中島の神経に触った。

「その癖はどうにかなんねえのか? 色恋沙汰で思い悩んでる女見てるみてえで気色わりいよ」

苦言をオブラートに包んで伝える術を元来持ち合わせていない中島は、少々、きつく言いすぎてしまったかもと少し後悔してみたが、内海は、そんなことは微塵も気にする素振りも見せず、

「ああ、これのことっすか? 不快な気分にさせてしまってたんすね。申し訳ありません。でも、自分、これやらないと、スイッチ入らないんすよ」

「『スイッチ』? 何のスイッチだ?」

「集中力のスイッチっす。『アンカリング』って言葉、ご存じないっすか?」

「聞いたことねえなあ」

「要するに、集中モードに入る時の条件付けのことっす。俺は、髪くるくるするのが『アンカリング』なんすよ。だから、これは、ちょっと看過してほしいっす。それに、中島さんにだってありますよ。『アンカリング』」

「俺に?」

「はい。多分、中島さん、無意識にやってるんだと思うんすけど、スイッチ入る前、必ず、眉間に皺を寄せるんすよ。さっき、押収品の中から『反省文』をみつけた時も、寄ってましたよ」

 内海は、端正な顔を顰め眉根を寄せて、中島の真似をしてみせた。その顔を見て、思わず中島は吹き出した。東大法学部卒の「キャリア組」であるにも関わらず、茶目っ気があって、飄々としていて、どこか憎めない内海を見ていると、中島は、離婚した妻に引き取られた一人息子のことを思い出さずにはいられなかった。

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