第一幕ー38
「間もなく、
アナウンスが流れ、銀色のボディーに赤紫色のラインが入った電車がプラットホームに吸い込まれるように到着した。プシュッと炭酸飲料の蓋を開ける時みたいな音を立てながらドアが開き、たくさんの人々が弾けるように飛び出して来た。階段を降りる人と昇る人々に紛れて、鬼のような形相をした夫が視界に飛び込んできた。私は恐怖で小刻みに震える躰を小さく折り畳み、祈るようにして両手のひらを重ね合わせた。両手の甲に爪が食い込み血が滲み出た。幸せを絵に描いたような顔をした老婦人が、
「大丈夫ですか? どこか具合が悪いのですか?」
と声を掛けてきた。私は、震える声で、
「だ……いじょ……ぶ……」
と答えた。ここで電車を止められたら、私は間違いなく殺される。老婦人は「本当に?」とか「顔色すごく悪いですよ」などと言っているようだった。そうこうしている間に、夫がプラットホームに辿り着いた。白線の内側から車両の中を物色しているようだった。私が乗り込んだ車両まで来たところで、夫が私の方を見てニヤリと嗤った。
「三番線、ドアが閉まります! ご注意ください!」
ドアが閉まるのと夫が車両に乗り込んでくるタイミングがほぼ同時だった。
「危ないですから、無理なご乗車はおやめください!」
私を睨めつけながら狂ったように車両のドアを叩く夫が、二人の駅員に取り押さえられていた。私は、その光景を冷やかな表情で眺めていた。
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