第一幕ー3


 中島は、チッと軽く舌打ちをし、苦笑し、

「そういう、オマエはどうなんだ?」と内海に訊いた。

「僕も、そのまんまですよ。なんて言ったって僕は、東大法学部卒のスーパーキャリアですからね。親の言うことを聞くとっても素直な子で手が掛からなかったって、母はよく言ってますよ。でも、僕も、たまにカッとなって頭に血が上っちゃうことがありまして、中二の時に、僕につまらない言い掛かりをつけてきた馬鹿なヤツを病院送りにしちゃったことがあるんすよ。今まで、そういう時は、『父の力』で、なかったことにして貰ってたんすけど、その時は相手が悪くて……『父の力』が及ばなかったんですね。その時に、生まれて初めて『反省文』というものを書かされましたよ」

 内海家は、典型的な警察一家であり、現・警視監の内海有生うつみ ゆうせいは有真の父だ。

「オマエ……けっこうたち悪いんだな」

「そうすか? 正当防衛だと思いますけどね」

 内海は、悪びれることなく、ペロッと舌を出し、話を続けた。

「まあ、そのへんのことは置いておいて……僕の輝かしい人生に於ける唯一の汚点となってしまった『反省文』。まあ、屈辱的な内容を書かせられたわけですよ。鮫島(さめじま)くんは、明らかに、僕に悪意を持って鬱陶しく絡んできたんすよ。まあ、多少のことならね、僕も馬鹿相手にいちいちムキになるようなことはしないんすけど、飽きもせずに毎日毎日絡んでくるもんだから、温厚な僕もさすがにブチ切れましてねえ。どう考えても、悪いのは鮫島くんでしょ? だから、僕は、真実を『反省文』に書いたわけですよ。そしたら、『なんだ、これは! 反省の色が全然見えないじゃねえかっ!』って、担任と親父の逆鱗に触れちまいまして、僕が全面的に悪かったです。ごめんなさいっていう内容の『反省文』を書き直させられましたよ」

「なるほどな。オマエの、鮫島くんに対する憤りは、よおくわかったけど、要するに何が言いたいんだ?」

「要するに、『反省文』を書くことと、『反省文』を他者の圧力によって書かせられること。この二つは似ているようでいて、まったくの別物っす。僕は、松永清花の『反省文』を読んでみて、この文面から、まったくもって微塵も反省の色を感じ取ることができなかった。そのへんが、きな臭いと感じたわけですよ。今回の事件は、要するに色恋沙汰の縺れが原因でしょう? マルヒとマルガイの幼馴染の女たちが、同じ男に惚れたことが生み出したべたべたの愛憎劇。松永清花の『反省文』から伝わってくるメッセージは要約するとこうです。『私は悪くない。モテない綾芽が私に嫉妬して逆恨みして、私をこんな酷い目に遭わせたの!』。悲劇のヒロイン丸出しっすよね? 本当に、北原綾芽に強要されて書かされたものだとしたら、当然、北原綾芽は内容をチェックしますよね? 僕が、北原の立場だったら、こんな屈辱的な内容書かれたら、書き直しをさせますね」

「ってことは、これは、松永清花が自主的にこっそり隠れて書いたものだって言いてえのか?」

「いや、それはないっすね。この『反省文』が置かれていた場所って、マルガイが監禁されてた地下室のテーブルの上でしたよね? まるで、これ読んでくださいって言わんばかりに。北原綾芽は、何を企んでいるんすかね? 捜査攪乱? それとも、誰かを庇っている? そのへんの事情は本人に喋らせるのが一番だと思いますけど……まだ、黙秘使ってるんすか? 北原綾芽」

「ああ、『カンモク』(完全に黙秘すること)だ」

「そうですか……あ、そろそろ、北原綾芽の取調べの時間すね」

「ああ。オマエの考察、だいぶ参考になった。ありがとな。ちょっと、アプローチの仕方変えてみるわ。じゃあ、ちょっくら行ってくる」

 そう言って、中島は、マルヒである北原 綾芽が勾留されている留置場へと向かった。

「ちぇっ! いいなあ、北原綾芽の取調べ。僕がやりたいくらいだよ。あんないい女、なかなか拝めるチャンスなんてないのに」

 内海は、独り言を呟きながら、再度、『反省文』を流し読みし終えると、

「やっぱ、これ、きな臭えや!」

 と呟き、煙草に火を灯した。

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