第三場ー19
綾芽は立ち上がり、サイドボードの引き出しから書類を取り出して、清花の前に差し出した。『北原紫ネイルスクール』の採用条件が入力された書類だった。
「ハローワークの求人票とWEBの求人サイトに掲載しようと思っていたところなの。この条件で良ければ、直ぐにでも来てほしいわ」
清花は、採用条件が記載された書類を見て目を丸くした。今まで自分で探してきたどの企業の採用条件よりも厚待遇だったからだ。
「わ……私なんかで良ければ、ぜひお願いしたいのだけれど……綾芽のお母さまが反対するんじゃないかしら?」
「ああ、それなら大丈夫よ。『取締役会長』は母だけれど、『代表取締役社長』は私なのよ。母は他にもいろいろな事業に携わっていて手が回らないから、ネイルスクールは私が一任されているの。それに、私、母には、あの時のこと一切話していないから安心して」
清花は、過去に綾芽にした裏切りに対し、じくじくと心が痛んだ。沈鬱な表情をして俯いている清花を見て、綾芽が、
「べつに、清花を責めているわけじゃないのよ。ただ、清花が私の母に嫌われていると感じているのは、私の口から母へ、あの時のことが伝わっているかもしれないと勘繰ったからでしょう? だから、私は、清花を安心させるために言っただけなの。前にも言ったけど、私の中ではとうに風化した過去の話なの。だから、もう、昔のことで気に病んだりしないで。お願い」
全部、綾芽の言う通りだった。
「わかった。もう、過去は過去で割り切れるように努力するわ」
綾芽の表情が花のようにほころびた。「北原紫ネイルスクール」の雇用契約書などの事務手続きをひととおり済ませた綾芽は、
「せっかくだから、清花にいただいたお菓子でお茶していかない? これから、うちのスクールで働いてもらう大切なスタッフだもの。うちの家族とも仲良くしていただけたら嬉しいわ」と言った。
「ええ。喜んで!」
清花は安堵の表情で答えた、この時の清花はまだ気付いていなかった。じわじわと浸食され、綾芽に依存しなければ生きていけなくなっている自分自身に。
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