第三幕ー14


 清花が帰った後、綾芽は、二階の子供部屋にいる少年の元へと向かった。

「あのおばさん、帰ったの?」

 少年が訊ねてきた。

「ええ、帰ったわ。今度、あの人が来たとき、間違っても”おばさん”なんて言っちゃだめよ。ちゃんと”おねえさん”って言うのよ?」

「はーい。気をつけまーす!」

「で、おねえさん、さっきのボクの『えんぎ』どうだった?」

「とってもよくできました! 最高よ! これ、パパに渡して。『今日の舞台のギャラ』だって言って。途中で落としたり使ったりしたらダメよ」

 と言って、綾芽は少年に、クマの絵が描いてある可愛らしい封筒を手渡した。

「ありがとう! きれいなおねえさん!」

「どういたしまして。ママの病気、治るといいわね」

「うんっ! ママのびょうきをなおすのに、パパもボクもたくさん、おかねをかせがなくちゃならないんだ! だから、いつでもよんでね!」

「ありがとう。大智くんは、本当にママのことが大好きなのね?」

「うんっ! ママも、むかしのパパも、いまのパパもだいすきだよっ!」

「そう。羨ましいわ」

 そう言って、綾芽は、大智の頭を撫でた。少年の母の病気を治したいというピュアな心が綾芽には疎ましく、そして哀れに思えた。少年にはまだ、悪いことをしているという自覚がないのだから。

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