第二幕ー20
清花に呼び出されたことは、悠介には話さなかった。このことを彼に話してしまうことにより、情に厚い彼は清花に気を遣うようになるだろう。結局のところ、私も清花と同じ。悠介を清花だけには盗られたくなかったのだ。秋も終わりに近づき、冬の気配が町全体を包み込んでいた。次期生徒会会長選挙に向けての動きが慌ただしくなっていた。一年の時に書記、二年の時に会計に携わっていた私に対する周囲からの期待は大きく、担任教師や当時の生徒会長直々に呼び出され「ぜひ、立候補してほしい」と懇願された。こうなってしまっては、最早逃れることは困難だろうと腹を括らざるを得ない状況だった。十一月下旬に立候補期間があり、私を含め四人の生徒が生徒会会長に立候補し、選挙管理委員に正式に受理された。十二月二日から十日までが選挙活動期間、十二月十一日が投票日。選挙活動に際し準備することが山ほどあった。タスキと選挙ポスターの作成、スローガンや戦略も考えなければならない。それに加えて、高校受験に向け、成績を落とすことも許されなかった。この時はじめて、公立の中学校に入学する条件として出された、「全国統一中学生テスト」で常に上位十パーセントに入ること。生徒会に入ること。という二つの条件が難しいと感じた。やはり、生徒会会長ともなると、他の役職の時とはプレッシャーが違う。選挙活動期間中は他の生徒たちが登校してくる前に登校し、生徒昇降口で呼び掛けを行い、給食の時間は、各教室に演説に行ったり、全校放送でマニフェストを宣言しなければならなかった。この頃の私にのしかかったストレスは相当なものだったと記憶している。
私は、生まれて初めてママに弱音を吐いた。少しだけ条件を緩めて欲しいと。ママは、何か言いかけて口を噤み、思案してから、
「約束が守れないのなら、私立の中学校へ編入なさい。あなたがサインした『誓約書』は、ただの紙切れじゃないのよ。綾芽が大人になって社会へ出た時、何かにつけてこうした類の書類にサインしたり、逆に、サインしてもらったりする機会は山のようにあるわ。サインした瞬間、綾芽はこの紙切れに拘束されるのよ。だから、あなたが、どうしても、この二つの条件をキープし続けることが厳しいと感じているなら、書面通り、私立の中学校に行きなさい」
ママが私のためを思って言ってくれていることは痛いほどよくわかった。だからこそ、最初、私を甘やかすような言葉を言いかけて呑み込んだのだろう。この頃のママは、都内で複数店舗のネイルサロンを経営していた他に、ネイルスクールも経営していた。元々、ママは、パパの秘書として従事していた。パパがママと再婚する前に、「綾芽の新しいママは、とても頭が良くて気が利いて仕事ができる人なんだよ」と話していたことを私はふっと思い出した。
「わかりました。私は、今の学校でとても有意義なスクールライフを送っています。私は、今の学校を去りたくありません。なので、私は、この『誓約書』で交わした条件を引き続きキープしていけるよう最大限の努力をしたいと思います」
そう言うと、ママは、優しく微笑み私の頭をくしゃっと撫でた。その手はとても温かかった。
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