序幕ー1
三月三日 二十時五十二分。
東京都世田谷区経堂一丁目の犯罪警戒地区を巡回中のパトカーに警視庁本部の通信指令センターから無線指令が入った。
「監禁殺人事件発生! マルヒは『
「経堂一丁目から緊急走行で向う、どうぞ」
通信を切った後、
「『北原綾芽』って、今、人気絶頂のカリスマ美人ネイリストって騒がれている、あの、北原綾芽と同姓同名の他人っすよね? それか、彼女に嫉妬する女による悪戯とか? だって、富も名声も手に入れた女が、こんなバカな真似しますかねえ?」
「オマエは、黙って運転できねえのか」
中島警部のドスのきいた声に怯むことなく、内海警部は話を続けた。
「いやあ、僕、彼女、めちゃくちゃ好みなんですよねえ。もし、本当にホシがあの『北原綾芽』だとしたら、せっかく手に入れた富と名声のすべてをどぶに捨ててまで、犯した犯罪の裏側を僕は知りたいんですよ。純粋な探求心ってやつですよ」
「すべてを手に入れたからこそ、なんじゃないか? 三ツ星レストランのフランス料理のフルコースも毎日食ってりゃ、食い飽きるってな……」
東京都世田谷区の西部を管轄している「成島署」には、土地柄、芸能人、スポーツ選手などの有名人が留置されることが少なくない。長年の警察官人生において、中島警部は罪を犯してしまった多くの有名人と関わってきた。「欲」を持つ人間なら誰しもが羨むような、煌びやかな人生、喉から手が出るほど欲しい称賛の声、底辺を這いつくばって生きているような人間には想像することさえできない裕福な生活……才能や運に恵まれた絶対的少数の選ばれし者である彼らは、いとも簡単に闇に飲み込まれてしまう。その理由は人それぞれで一概には言えないが、彼らは、生まれ持った才能や運に恵まれ過ぎてしまったがために、わりと容易く欲しいものを掌中におさめてしまい、そのことに大して固執していない。成るべくしてそう成った。彼らにとっては、それが「普通」のことなのだから。そんな彼らは、世間的に有名になることで強いられる、大勢の目の監視、自由の束縛、SNSなどの誹謗中傷……などによる精神的ストレスのに打ち克つことができない。だから、富や名声を自ら放棄して、違法薬物に手を出したり、憂さ晴らしのために傷害事件を起こしてしまうのだ。
「胃もたれして、お茶漬け食いたくなるって感覚っすかね」
中島警部の言葉に対し、内海警部は、得心がいったような表情をして頷いた。
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