舞台袖ー1
歪んだ空から、非難の声が礫となって、堕ちてきそうだ。
「今日は、雪になるかもしれませんよ。鉄格子の中は大層お寒いでしょうからね。お風邪など召されませんようご自愛くださいませ」
正気を失った筈の妻が、この瞬間を待っていました、とでも言いたそうに含み笑いを浮かべ、瞳を爛爛と光らせながら意味深な言葉を放った。きっと、何もかもわかっているのだろう。
薄墨色の湿り気を多分に含んだ空。空と同色の石碑が立ち並ぶ霊園は、少しだけ標高が高い所に聳え立っており、辺り一面靄がかかっているため、空との間に本来あるべき境界線を視認することは困難。まるで、墨で描かれた山水画のように、すべてが、ただただ、ぼんやりと、そこにあるだけだ。自分のような悪人がこの聖地に足を踏み入れることで、ここで静かに眠る人々の魂を揺るがさないように、と、男は、息を潜めて、静かに歩を進めた。公営住宅のように、平等に、きっちりと区画整備されている霊園内の東側の一番奥の一画に辿り着いた男は墓石に刻まれた、「宮間」の姓を確認し、男は静かに腰を下ろした。そして、お供物台の上に、霊園内の売店で買ってきたワンカップの日本酒の蓋を開けて、そっと置いた。
「大輔……俺、人殺しの共犯者になっちまったよ。あいつら見てるとさ、なんか、昔の俺たち見てるみたいで、放って置けなかったんだよな……。きっと、オマエの大切なモノ全てを奪っちまった罰が当たったんだろうな。大輔、オマエ、俺のこと憎んでるよな? 恨んでるよな? 俺さ、オマエに憧れて、ずっと嫉妬してたんだ。俺は、オマエに成りたくてしょうがなかったんだ。まあ、『才能』だけは奪うことができなかったけどな。でもよ、最期の『舞台』での俺の演技は、なかなかのもんだったと思うぜ」
上空から悲鳴のような聲が聴こえてきた。きっと、重荷に耐え切れなくなったのだろう。牡丹雪が塊となって、堕ちてきた。
「大輔、俺、そろそろ行くよ。暫く……もしかしたら、これが最期のご対面になるかもしれないな……」
霞む視界の先にふたつの人影を確認した男は、ゆっくりと、動じることなく、その方へと向かって行った。ふたりが刑事であることは、彼らが纏っているオーラで直ぐにわかった。ベテラン刑事と新米刑事のコンビといったところだろうか。特に、小柄の中年の刑事の方の眼光は獲物を狙う鷹のように鋭く、彼が人生のすべてを刑事という職業に捧げてきたことを物語っていた。
「
ベテラン刑事が獣が唸るような低い声で訊ねてきた。
「はい」
「ちょっと、署で、ゆっくり話きかせてくれるか?」
「はい」
一寸の間に、雪の勢いが増し、霊園を薄っすらと白く染め上げようとしていた。慶から大輔に託された、年季の入った『マクベス』の台本の頁が風雪でぱらぱらと捲られた。
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