第二幕ー15
あの夏の日、私は十二歳だった。梅雨が明け、茹だるような猛暑日が連日続いていた。学校が夏休みに入っても、私は、塾通いと習い事の予定がぎっしり入っていて、中々、悠介たちと遊ぶことができなかった。あの頃のママは、ネイルサロンの新店舗の開業の準備で多忙だったから、私は、要領良くママの監視の目を掻い潜って悠介たちと会っていた。体調が悪いと嘘を吐き塾を早退した私は、二人が居そうな「なかよし公園」を覗いてみた。先刻まで頭上に広がっていた夏空に少し翳りが見え始めていた。鄙びた東屋の長椅子に一人腰掛けている悠介の姿が視界に飛び込んで来た。神妙な顔をして何か考え事をしているようだった。背後からそっと悠介に近づきポンッと肩を叩くと、悠介の躰がピリピリと震えた。
「なんだ、綾芽かあ。びっくりさせるなよな!」
と言って笑顔を見せたが、その笑顔が取り繕ったものであることは、すぐに分かった。私が大好きな彼の八重歯が片方、欠けていた。
「今日、清花はいないの?」
私は、悠介の隣に腰掛けながら訊いた。
「ああ。晴花ちゃんが入院したから、当分遊べないって言ってた」
清花には、四歳年下の「
「そっかあ。清花も大変だね」
「ああ……アイツもアイツで大変そうだな」
と呟いた悠介の瞳には、抗えないものに対する恐怖の色が映し出されていた。嫌な予感がした。杞憂であってほしいと強く願った。確かめるべきなのか、そっとしておくべきなのか? 蝉の鳴き声、鴉の鳴き声、風に晒されさわさわと擦れ合う木々の音。徐々に高まる心音。ふと空を見上げると、レントゲン写真みたいな白黒の空が垂れ下がっていた。雨粒がぽつりぽつりと堕ちてきた。
「ねえ、悠介、本当のことを私に話して!」
「なんだよ、本当のことって? 何もかくしてねえよ」
「嘘! 私にはわかるの。わかっちゃうのよ」
「はあ? 何言ってるんだよ。意味わかんね。雨ひどくなる前に帰ろう!」
遠雷の音が聴こえた。雨粒は長い線となり、天空から射られた無数の矢のようになって、激しく地面に突き刺さった。その衝撃で、泥水が此処彼処で跳ね上がった。激しい夕立を少しも意に介さない素振りで悠介は東屋の外に出ようとしていた。まるで、私から逃げるように。
「待ってよ! もっと小降りになるまでここに居ようよ!」
立ち去ろうとする悠介の右腕を掴んだ私の手を振り払い、悠介は雨の中をずんずんと進んで行った。悠介の白いTシャツが雨に濡れて肌の色が透け、無数の傷や痣が露わになった。
「その傷、誰にやられたのよっ?」
「転んだだけだよっ!」
「嘘吐いたって、私にはわかるって言ったでしょ?」
走り出した悠介に私は背後から思い切り飛びついた。その衝撃で悠介も私も地面の上に転がって泥塗れになった。私たちはそのまま仰向けになって寄り添って、降り注ぐ矢のような雨にされるがままになった。
「俺たち、いつも泥塗れだな」
ふふっと悠介が笑った。
「そうだね」
と言って、私も笑った。
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