第三幕ー4

「そうか。いよいよ始まるのか」

 そう独り言ちながら、悠介は、店内の食堂に向かった。この店のメシは、下手な食堂よりもよっぽど美味い。彼は、食券販売機の前で「鶏マヨ丼」のボタンを押し、食券を馴染みのおばちゃんの前に出した。

「今日の調子はどうだい?」

 自称元パチプロのおばちゃんが聞いてきた。

「今日もいつも通り、散々さ」

「そうかい。たまには景気のいい話が聞きたいもんだねえ」

 そう言いながら、おばちゃんは、安っぽいトレイの上に鶏マヨ丼とみそ汁を置いて、

「はいよ、鶏マヨ丼、お待ちどうっ!」

 と言いながら、食堂奥を指差し、次のお客さんの蕎麦を茹で始めた。まさに、渡りに船だった。悠介は、食堂奥の窓に面したカウンター席に座る男の横にトレイを置き、蕎麦を啜りながらスマホでパチンコの攻略法を食い入るようにして読んでいる男の肩をぽんっと叩いた。男はまったく悠介の気配に気付いていなかったようで、驚きで肩をぶるっと震わせた。

「ああ、びっくりした! 松永さんじゃないですか?」

 蕎麦が器官に入ったらしく、男はゲホゲホと咳き込んだ。

「なんかわりぃ。こんなに驚かれるとは思わなくて」

 悠介は、男にお冷を手渡した。


 悠介と男が出逢ったのは、二年前の夏。このパチンコ屋のこの食堂の、ちょうどこの席だった。大手電機機器メーカーをリストラされた悠介は、開店から閉店までこのパチンコ屋に入り浸っていた。この男もこの店の常連客だったため、自然と挨拶を交わすようになった。連敗続きの悠介とは対照的にこの男は、いつもドル箱を積んでいた。ギャンブルに依存する人間というのは、大概が勝ちに対し執念深い人間だと思っていた。負けた分は必ず取り返し、たとえトントンになるまで取り返したとしても、そこから更に儲けを出さないと気が済まない。その結果、項垂れて店を出ることになる。しかし、この男からは、およそ執着というものが感じ取れなかった。この台は出ないと判断するや否や男は、すっくと立ち上がって台移動し移動先の台で大勝ちしていた。それどころか、座って三十分もしないうちに帰ってしまう日もあった。悠介は、試しに、男が見限った台に移動してみたが、うんともすんとも言わず。流石に早々に台移動し、帰り際に例の台を見てみたら、一二〇〇回転超えで小当たり一回という、ひどいハマり台だった。ある日、食堂でこの男を見かけた悠介は意を決して男に話し掛けた。

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