第三幕ー34

「お恥ずかしいお話なんですが……実は、私たち、夫婦仲がうまくいっておりませんで、数か月前から別居をしているのです。あの……夫は、家賃滞納などをしてご迷惑をお掛けしておりませんでしたか?」

「ああ、それでか」

 大家さんは、得心がいったようにひとつ頷いた。

「どういうことでしょう?」

「ああ、お宅のお隣の爺さんがね、よく、隣の家に地震がきとるとか、台風がきとるとか言ってたもんでね。爺さん少し呆けが入ってたから、わたしゃ、話半分で聞いてたんだけど、今の松永さんの話聞いて納得したわけさ。お宅の旦那さんは、七月、八月分の家賃を滞納しとったよ。督促したら、すごい剣幕で怒りだしてさあ。こちとら心臓にペースメーカー入ってるババアだからさ、びびって死ぬかと思ったよ」

「も……申し訳ございません。うちの主人がとんだご迷惑をお掛けしてしまって」

「まあ、アンタが謝ることじゃなかろうに。アンタも相当苦労したんだろうねえ」

 そう言って、大家さんは、清花のことを憐れむような目で見た。

「滞納した家賃のことなら気にせんでええよ。退室の少し前の日に、お宅の旦那、別人みたいにきちっとした格好してさ、七月、八月分の家賃と、九月分は要らん言ってるのに、九月分まで支払いして、今までの非礼を心から詫びて頭下げていったよ。アンタに愛想尽かされて改心したのかもしれないで!」

 そう言って、大家さんは笑顔をこぼした。


 清花のスマートフォンに悠介から電話がかかってきたのは、清花が「コーポ中村」の跡地を訪ねた数日後の夜だった。着信画面に表示された「悠介」という文字が清花の目に飛び込んできたとき、清花は期待と不安が綯い交ぜになったような感情に包まれた。電話越しの悠介の声は以前よりソフトな印象を受けたが、用件を話す彼は、まるで、コールセンターのテレフォンオペレーターのように事務的だった。大切な話があるから会って話したいという用件を伝えると、悠介は、日時と場所だけ指定して、一方的に電話を切ってしまった。半年近くもお互いの居場所も状況も分からず暮らしている妻に対し、「元気か?」の一言もなかった。悠介は、元々、電話が苦手な男だ。あまり悪い方に考えないようにしよう。そう思いながらも、不安は大きく膨れ上がるばかりだった。「アンタに愛想尽かされて改心したのかもしれないで!」大家さんが言っていた言葉に一縷の望みを託し、清花は眠りに就いた。

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