Episode07-39 どうしようもない親子

 

 年の瀬も押し迫った12月30日に実行された「マカミ山鼬の討伐」は、当初の思惑と異なり、苦戦に苦戦を重ねた上での勝利となった。


 苦戦の原因は、弱っていたマカミ山鼬に何者かが力を足し加えた事。これは爺ちゃんの見立てだが、オヤジも、ついでに言うと一部始終を目撃していた「來美穂御前」もエミも同意見。理由や手法は定かでないが、とにかく何者かが、消滅寸前まで弱っていたマカミ山鼬に何等かの力を与えたという事らしい。


 一応、来美穂御前が


――異国の呪術の気配がした――


 と感想を言っていたが詳細は不明。


 ただ、


――何者かが悪意をもって父さんを狙ったのか……それともオレ、いや迅を狙ったのか?――


 とオヤジ(気絶から立ち直ったのはマカミ山鼬を斃した直後だった)は事態を放っておく気はない様子。


 まぁオヤジの場合は仕事が警察関係(というか、まんま警察)だし、その中でも「その筋」への対応が専門の部署の責任者だ。


 今回の件については、当初の予定通りに討伐が済んでいたならば「こういう事があった」と報告するだけだっただろうが、実際にはそういう訳にはいかなくなった。


 まぁ「外部からの何者かの介入」という疑惑を別にしても、現場はマカミ山鼬が引き起こした土砂崩れが広範囲に達しており、林道が寸断される状況になっている。これは、県の土木課など、然るべき当局に通報する必要がある話だ。


 それに、


――ああ、儂の愛車が……――


 と爺ちゃんが嘆くように、爺ちゃんの軽トラと俺のヴィッツは土砂崩れに巻き込まれて林道の遥か下の谷底に横倒しになっていた。つまり「帰りの足が無い」という状況。そのため、オヤジが多少職権を濫用して県警のパトカーを呼ぶことになり、呼べば呼んだで理由の説明が必要となるが、


――そっちの方は、オレがうまくやっておく――


 との事。


 ちなみに、オヤジの心配は今回の件が単なる「愉快犯的な行為」なのか、それとも俺やオヤジ、爺ちゃんか……もしくは白絹嬢か彩音に対する「怨恨が絡んだ行為」なのか、という処にある模様。単なる愉快犯ならば、一過性のモノだろうが、もしも関係者に怨恨など「特別な感情」が絡んでいる場合は、今後も注意が必要となる。


 その辺がクリアになる迄は、


――迅もしばらくは大人しくしていろ――


 頭ごなしに言われると、どうしても反発してしまいたくなるが、つい先ほど「破魔符」で気絶させた手前、今回限りはオヤジの言う事を素直に訊く事にする俺だった。


******************


 色々と想定外の出来事があったマカミ山鼬の討伐の翌日は大晦日。ただでさえ年の瀬の押し迫った感でバタバタするこの日、秦角家は普段に輪をかけてバタバタしていたと思う。


 まぁ、前日の遅い時刻にパトカーで帰宅し、留守番だった婆ちゃんと母さんを相当心配させた挙句、泥だらけの姿を晒し、果ては「車が廃車になった」だから、バタバタと忙しなくなるのも仕方ない。


 爺ちゃんなんかは結構キツイ口調で婆ちゃんに叱られていたし、オヤジと母さんは熟年カップルの癖に妙にシットリとした感じになっていたので、それはそれで、実の息子としては居場所が無い感じになったもの。


 ただ、年の瀬とは不思議なもので、明くる日 ――元日―― を迎えると、昨年末(といっても昨日だけど)のバタバタ感はリセットされたかのように、爺ちゃんの家は落ち着いた雰囲気に包まれた。


 元日は伝統的に朝一番に裏の林の御池のやしろにエハミ様を詣でる。そこで新年のあいさつを行い、神饌を供えるのが「秦角家の新年」の始め方。


 俺としては、不意にひょこっとエハミ様が姿を現すような気がしたのだが……結局、エハミ様は姿を見せることは無かった。


 今回の里帰りでは一度もエハミ様に会えていないので、少し気になった俺は、エハミ様の分霊たるエミにその事を訊いたが、答えは「わたしも知らない」とのことだった。


(何か気に障る事でもしたかな?)


 と考えてみるが、思い当たる節が無い。


 とにかく、俺はこんな感じでちょっと「モヤッ」としたまま正月の食卓に向かったのだが、そこはお正月。元日ならではの御屠蘇おとそ気分にほだされてしまった。


 この時、俺とオヤジは、俺の記憶の限りに於いておそらく初めて「家族っぽい感じ」で同じ食卓を囲んでいた。俺としては最初からその事を意識していた訳ではないが、不意に母さんが嬉しそうな表情で俺とオヤジを交互に見ている事に気が付き、その事を自覚した訳だ。


(う~ん)


 色々と蟠る感情があった気がするが、よくよく考えるとどれも大した理由ではなかった気がする。


「迅さん、良かったね」


 とは隣の彩音の小さな声。「良かった」というのは、多分、俺がオヤジと普通に接している事を指しているだろうか? だったら、


(ま……良いか)


 とも思う。


「アンタ、程ほどにしなさい」

「なんで? 賢も迅も居るんだぞ、良いじゃないか」


 とは、お酒のお替わりを巡る爺ちゃんと婆ちゃんの会話。普段はかなり節制しているようだが、今日ばかりは「元日は特別」という爺ちゃんの主張が通ったようで、食卓にはストーブの上の鍋で温められた燗酒が追加で登場。


 この後、元日の食事は「昼間っからのだらだら飲み」に移行していく。俺は爺ちゃんやオヤジに合わせて飲み慣れない日本酒をちびちびとやりつつ、お節料理をつつきながら「こういうのもいいな」などと思い始めていたのだが、そうこうしている間に、酔いが回ったのかオヤジの口数が増えて来て、それは俺へ向かい始めた。


「なんで、防具をちゃんとしたのを使ってないんだ?」


とか


「エンジェルテックのARは止めとけ、あれ、中に何か仕込んであるんだぞ」


 とか


「霊力が大きいのは結構だが、それに頼り過ぎだ」


 とか


 徐々に、言っている事が説教臭くなり始める。


 ただ、俺は俺で、


「式者じゃないのに、なんであんなに戦えるんだよ」


 や


「防具とか、職権乱用で良いのをつかってるんだろ」


 や


「ピストルとか、だいたい卑怯だろ」


 などとやり返す。


 その結果、


「なんだと!」

「なんだよ!」


 となり、オヤジは母さんに、俺は彩音に、それぞれ「いい加減にしなさい」と言われる状況になってしまった。


 先ほどまで、そこはかとなく感じていた「和解」の雰囲気は全く消え去り、残ったのは、


「お前達なぁ……」


 呆れたような爺ちゃんの呟き声が代弁する、妙に残念な雰囲気だけだった。


 そんなこんなで、新しい年を迎える事になった。



Episode07 ロートルカムバック?(完)

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