Episode02-26 八等穢界・生成り⑨ 苦闘!


 正直に言うと、まだ少し迷いがあった。


 俺としては「彩音を助け出すこと」が目的であり、他は余り重要ではない。そう自分に言い聞かせるものの、やはり白絹嬢や翔太さんの事が気になるのも確か。


 あの2人が俺に別行動をさせた理由は、恐らく「生成り」を相手にした場合に俺のような素人の対応が足を引っ張るんじゃないか? と疑問を持ったからだろう。俺もそういう2人の考えを見透かした上で別行動を行った。なので、「共闘した」といっても、その関係性は薄い。ただ、


(袖振り合うも多生の縁……)


 ということだ。


 それに、そもそもの話になるが、この「八等穢界・生成り」の「穢界の主」が何故彩音を攫ったのか? が全く分かっていない。


 もしもこの場から逃げ出した結果、「穢界の主」が斃されずに放置されれば、今後彩音は「2度目の拉致」を恐れて生きて行かなければならない? それでは彼女が余りにも可哀そうだし、俺だって気が休まる気がしない。斃せるならば、斃してしまった方が良いに決まっている。


 更に言えば、「彩音最優先」で意識しないようにしていたが、俺は彩音を攫った奴に結構強い憤りを感じている。だから、この際外の戦いに助勢するのも成り行きとして問題がな――


「迅さん、見てて! 『穂踏乃舞』……続いて『御垂水乃舞』!」


 俺がゴチャゴチャと考えている一方、彩音の判断は率直で分かり易いものだ。


 クラス「見習い巫女」のスキル「里神楽」は支援効果を持つ。『穂踏乃舞』は全体の能力を1割程度上昇させ、『御垂水乃舞』は霊力を上昇させつつ怪異が放つ特殊な攻撃を緩和する効果を持つ。


 これを彼女が使うという事は、つまり、外の戦いに加わるという意思表示なのだろう。だから、


「わかった、行って来るから彩音はここに居ろ」

「え? アタシも――」

「こ・こ・に・居・ろ。それで危ないと思ったら逃げろ、分かったな!」

「わ、わかった」


 俺は彩音に念押しすると、壁が崩れた場所から外へ向かって走り出した。


*******************


 パッと外に飛び出した瞬間、周囲の空気が変わった事に気が付いた。


 ずっと穢界の中だったから、それなりに重苦しく嫌な雰囲気はずっと感じていたが、この場所は特に嫌な雰囲気が強い。


 見ると、前方の少し離れた場所には(俺がずっと追いかけていた)黒いワゴン車がボコボコになって横転している。それだけではない、比較的整然と整理されていた建築資材がまるで台風の直撃を喰らった直後のように散乱している。


 そんな状況の少し広い場所で、3人の人影が戦いを繰り広げていた。


 俺から見えるのは、まだ少年と呼ぶべき背格好の後ろ姿。それが黒い剣を振り回して翔太さんを攻め立てている。


 一方、翔太さんは……いつの間にか「山伏」のような格好になっているが、俺から見てもハッキリと分かるほど衣服が血塗れの状態だ。左肩と右腕に深い斬り傷を負っているのだろう。傷口からは血が滴っている。


 その状態で大きな刀(?)を振るっているが、明らかに精彩を欠いている。


 一方、白絹嬢はそんな2人から少し離れた状態で、こちらは以前に見た「セーラー服」姿になっているが、全身が埃や泥にまみれている。その状態で呪符術に使う「呪符」を片手に持ったまま、法術を放てずにじりじりと様子見をしている感じ。


(とにかく、翔太さんに加勢だな――)


 俺はそう決めると、「一文字比良坂(偽)」を腰だめに構えつつ、スマホから取り出した「無地の呪符」を左手に持ち、駆け出す。そして、


「破魔符!」


 を放った。


 呪符は真っ直ぐに宙を飛び、少年の背中に張り付くと「ボンッ!」と音をたてて破裂。


 その結果、残念ながらダメージは全く無さそうだが、少年は俺の方へ振り向いた。そこへ飛び込みつつ、俺は刀を一気に突き込む。しかし、


「おっ、そういえばもう1人いたんだった」


 少年は飄然ひょうぜんとした風に言いつつ、無造作に俺の突きを躱した。ただ、少し体勢が崩れたのは確か。そんな少年の頭上に、


「うおぉぉっ!」


 渾身の力を込めた翔太さんの一撃が降り注ぐが――


「鬱陶しい!」


 少年はそう言うと、振り返りもせずに手に持った黒い剣でその一撃を受け止め、


――ドンッ


 と鈍い音を響かせながら、がら空きになった翔太さんの腹に後ろ蹴りを入れた。


「グホッ!」


 それで、翔太さんは後方へ2,3メートル吹っ飛んで倒れる。


「翔太さん!」


 再び白絹嬢の悲鳴のような声が上がるが、


「白絹さん、翔太さんを治して!」


 そう呼び掛けたのは俺だった。


 現状、一番戦力になりそうな翔太さんが一番の重傷を負っている。ただ、その怪我を癒す方法を白絹嬢は持っている(以前の八等穢界・開で俺自身が体験済み)。なので、白絹嬢がそれを出来るように、しばらく時間稼ぎをするのが俺の役目だろう。


(分かってくれるかな?)


 下打合せナシの連携だけど、ついさっき、翔太さんは見事に合わせて裏を取った攻撃をしてくれた(残念ながら利かなかったけど)。多分大丈夫だろうと思う。


「君はどれくらいヤルのかな?」


 一方、少年はそう言うと厭らしい表情を張り付けたままニヤリと笑う。なんというか、「ムカつく顔」だ。コイツが彩音を攫う指図をしたのだろう。この顔は何処かで見たような気もするが……


「うるせぇ!」


 俺は敢えてぞんざい・・・・な物言いで返すと、再び「一文字比良坂(偽)」を振るう。今度は上段で構えて、踏み込みつつ斜めに斬り下ろした。しかし、


「ふんっ」


 少年は、俺の斬撃を軽い感じで黒い剣で受け止め、鼻を鳴らす。


「満を持して登場した割に……弱いな」


 「余計なお世話だ」と思いつつ、俺は受け止められた刀を全力で押し込む。しかし、まるで岩でも押しているようにビクともしない。


「もういいか。ちょっとピンチだと思ったけど、どうやら今回はツイているらしい」


 少年はそう言うと空いた左手で頬を掻く仕草をする。勿論、右手だけで持った黒い剣で俺の全力を受け止めた状態で、だ。


「もう分かった――」


 少年はそう言うと、黒い剣を無造作に振るう。それで、俺は完全に力負けして吹っ飛ばされた。


 ゴロゴロと地面を転がった俺は慌てて立ち上がると、「破魔符」を立て続けに放つ。


 一方、少年は飛び迫る「呪符」を避けもせずに、全弾食らって平気な表情。そして、


「もう、終わりにしよう!」


 言った瞬間、黒く禍々しい影が少年の全身を包み込んだ。


 俺はその様子に驚きつつも、黒い影に包まれた少年の肩越しにその後ろを見る。そこには、倒れ込んだ翔太さんの元で膝を着いた白絹嬢の姿がある。恐らく何かの法術(かアイテムのどちらか)によって翔太さんの傷を癒そうとしているのだろう。


 その光景が見えたから、俺はさっきから少年の注意を惹くべく攻撃を続けている。まぁ、ここまで効かないとは思わなかったが、お陰で少年の意識は俺へと向いている感じだ。


 ただ、ここで「本気モード」になられると、少し……いや、相当こまる。


 少年を包み込むように広がった黒い影が、今度はまるで乾いた砂に吸い込まれる水のように少年の身体に吸い込まれた。そして再び姿を現した少年は……先ほどまでと違って見えた・・・・・・


 いや、正確には少年の造形は変わっていない。相変わらず「何処かで見たような気がする」少年のままだ。ただ、今はその少年に重なるように、もっといびつで禍々しい「ナニカ」の姿が見える。何と言うか、2つの存在が重なって見える・・・のだ。


「じゃぁ、先に――」


 少年の口がそう動く。この瞬間も、少年とそれに重なった「ナニカ」は口を同時に動かして……いや、重なった「ナニカ」のほうが先に言い終わったように見えた・・・


(なんだ?)


 小さな動作のズレだが違和感は大きい。まるで腹話術師とその人形のような差だ。そして、俺が感じた違和感は次の瞬間――


「最初はお前な――」


 少年がそう言って黒い剣を俺へ向けた時に、はっきりと形になった。


(重なった「ナニカ」の方が動作が早く始まって先に終わる)


 だからどうした? と言ってしまえばそれまでだが、この「気づき」が俺を助ける事になった。


 というのも、次の瞬間、少年とそれに重なった「ナニカ」がものすごい勢いで俺へと肉迫したから。


――ブンッ!


 問答無用で首を刎ねに来た黒い剣。その剣筋は、今の俺には到底見切れるものではない。しかし、


「っ!」


 俺は寸前とのところで、それを躱すことが出来た。


 いや、正確には少年に重なった「ナニカ」が振るった剣は首に当たっている。しかし、それは実体を持たない影のような存在。なので、俺は「斬られた」と思いつつ遅れて後ろへステップを踏み、結果として遅れてやってきた実体を持つ黒い剣を紙一重で躱す事が出来た訳だ。


「へぇ……ま、いいか」


 俺が一撃を躱して見せた事に、少年は少し驚いた風。ただ、ソレで攻撃が終わる筈もなく、


「何処まで躱せるかな」


 逆に嗜虐心に火をつけたような状況になってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る