Episode03-07 不動産屋さんで――
〔桧葉埼彩音視点〕
24日土曜日の午前。この時間帯にバイト以外の事をしているのはとても新鮮……というか、いつ振りだろう?
今、私は迅さんと一緒に近所の不動産屋さんに来ている。
「お部屋をお探しですか? ご希望の間取りはございますか?」
と言うのは、カウンターで応対に出てくれた20代半ばくらいのお姉さん。迅さんを見て、私を見て、もう一度迅さんを見てから、そう切り出すまで少し間があったけど、まぁ、「妙な取り合わせ」だと思われたのは分かる。
対して、問い掛けを受けた迅さんは「もごもご」とハッキリしない。なので、
「はい。2DKか、予算が合えば2LDKで――」
代わりに答える私。別に好き勝手に答えている訳じゃない。昨晩、お寿司屋さんで迅さんがしてくれた「お疲れ様会」の時に話し合った内容だ。
それで迅さんが「そ、そう、それでお願いします」と後追いで言うからちょっと笑ってしまいそうになる。
迅さんは本当に
(だったら「私は何なんだ?」ってことだけど……)
まぁ、そっちの方の答えは保留。
とにかく、迅さんは鋭い目付きのせいで「初対面」の印象が悪くなってしまう損なタイプの人なんだ。でも、それを過ぎれば、優しいし、常識的だし、頼りになる年上の男の人だ。
年中「盛って」いるような同年代の男子には無い落ち着きと安心感がある。それは、ここ最近の共同生活(決して「同棲」とは言えない、むしろ私が転がり込んだ立場だ)で、十分過ぎるほど良く分かった。
「ひとつ屋根の下」どころか「同じ部屋」で生活したにもかかわらず、私と迅さんの関係性は何の変化もない。いや、むしろ恋人候補の異性というよりも「父と娘」や「兄と妹」に近い方向へ針が振れてしまった気さえする。
(女に興味が無い……って訳でもないのにね)
ちょっと
(一気に距離が詰まり過ぎたから……だよね?)
そう思うことにしている。
これで「
本当なら、こういう恋愛関係の話は経験のある友達の「
あの夜、詩音から掛かって来た電話は、不自然な感じで途切れて終わった。だからちょっと気になっていた私は、何度も詩音に電話やメッセージを送っている。けれども、電話には「電源が入っていない」のアナウンスが流れるだけ。メッセージにも返信はない。
でもまぁ、学校が始まれば嫌でも顔を合わせるだろう。それよりも今は、「迅さんにおんぶにだっこ」な状態を少しでも早く抜け出すべく、努力するほうが先決だ。
ちなみに、3つ掛け持ちしていたバイトの2つが昨日給料日だった。だから私は、貰ったお給料で迅さんのアパートに転がり込んだ時に借りた5万円を返そうとした。でも迅さんは、
――いや、いいよ――
として受け取りを拒否した。まぁ、薄々予想していた通りの反応になった。
しかし、私としては、いつまでも「面倒を見て貰っている」立場では自分に納得がいかない。今でも住む場所(はこれから家賃折半の約束だけど)やバイト先への送り迎え、それに私の一番の稼ぐ手段である「穢界」でも面倒を掛けている。
その上、あの5万円も返せなかったら、私はこれから先も迅さんにとって「面倒を掛ける存在」になってしまう。それは、迅さんが私をどう思っているか? という疑問とは別の次元で、私にとっては深刻な問題だ。
昨日の夜は、この辺の私の想いや考えを迅さんに分かってもらうために結構な時間がかかった。ただ、迅さんは迅さんで結構頑固に「要らない」態度を貫いた。だから最後は口喧嘩のようになってしまい、他のお客やお店の人の迷惑になったと思う。
結局、
――じゃぁ、ここは奢るから――
という妥協案で迅さんが折れてくれて本当に良かった。
「彩音、ここなんてどうだろう?」
と、ここで不意に迅さんから名前を呼ばれてドキっとしてしまった。
*******************
不動産屋さんが候補に挙げてくれたのは3つの物件。2つが2LDKで1つが3DK。築年数はちょっとバラバラだったけど、家賃はどれも10万円前後で与野駅から近かった。予算内、条件内の物件だった。
そして、
――実際にお部屋を見て頂くこともできます――
という話になり、迅さんと私は不動産屋さんの社用車で候補の物件へ移動。どれも近かったので直ぐに見て回ることが出来た。
そして、
「ねぇ迅さん……」
「ああ……見えてる」
私達2人がそんな会話を交わすのは、最後の物件(不動産屋さん的にイチオシ)での事。
社用車から降りた私達の目の前には4階建てのマンションと言うべき造りの建物があるが、それよりも私達の注意を惹いたのは、道路を挟んで反対側にある「スーパーバリューショップ・与野店」の看板だった。ちなみに、
「今日も2つ」
「出来てるね」
という事。
実は、一昨日、昨日と迅さんと私は「スーパーバリューショップ・与野店」に出来た「穢界」の内「七等穢界」を残して、毎夜浄化している(迅さんは日中もやっている)。でも、新しい穢界が出来る勢いは少し落ちたけど、未だに1日に2つ3つは新しい「九等」か「八等」が湧く状態だった。
「あの、何かおかしなところでもありましたか?」
一方、事情を知る筈もない不動産屋さんはそんな風に言ってから、
「ここがイチオシの物件ですね。築年数も新しいですし、与野駅から徒歩で10分です。それに目の前はスーパーマーケットですから便利性は一番ですね」
と、自信有り気な表情で説明してくれた。
一方、迅さんと私は微妙な表情で見つめ合うことになっていた。
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