Episode03-08 試み
[八神迅視点]
結局、俺と彩音は「スーパーバリューショップ・与野店」の目の前にあるマンション2階の2LDK(家賃10万5千円、東向き角部屋、駐車場付き)を引っ越し先の物件に定めた。
まぁ、「スーパーバリューショップ・与野店」の存在は一旦横に置いておくとしても、駅からほど近いし、新学期が始まる彩音の通学にも支障はなさそうだからだ。建物自体はオートロックではなかったが、部屋の間取りは中々良かった。
玄関に入って直ぐにトイレがあり、その横が洗面台と洗濯機のスペースがある浴室。浴室の向かい側には南向きの窓がある7畳くらいのフローリング洋室。短い廊下を進むと14.5畳ほどの広さのリビングに出る。キッチンスペースは(今のところ料理をする予定は無いけど)十分に広い対面式だ。
もうひと部屋はリビングの左側の
築年数17年ということだったけど、その割に部屋は綺麗に見えた。ただ、
――あ~、エアコンが壊れていますね――
リビング用のエアコンが壊れている事が分かった。それで、案内してくれた不動産屋さんの女性社員は事務所に電話を掛けて短い遣り取りを済ませると、
――直ぐに新しいのに取り換えますが、入居は8月30日以降になります――
とのこと。俺としては今直ぐにでも入居したかったが、彩音は特に問題がない感じだったので、そのまま「問題ないです」と伝えて一旦お店へ戻った。
その後は、賃貸契約を済ませ、電気・水道・ガス・ネット環境の手配をお願いし、今住んでいるアパート(同じ不動産屋さんで借りた)の解約を済ませると、ネット振り込みでさっさと敷金、礼金、9月分の家賃の合計30万円を振り込んだ。入居日は8月31日でお願いした。
ちなみに、昨夜の回転寿司店で(軽い口喧嘩の後に)作った取り決めによると、家賃・共益費・公共料金その他必要費用は俺と彩音で「完全折半」となった。一方で、食費に関しては「今後の様子を見て決める」となっている。
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物件の内見に少し時間を多く使ってしまったので、不動産屋さんを出た時点で時刻は11時になっていた。ちょっと時間が押していたので、俺はそのまま彩音をバイト先の「カフェ」に送り届けた。今日と明日の土日2日間、彩音はカフェのバイトが残っている。なので、帰りの時間を
――午後の4時半ね、よろしく~――
と確認してから、カフェの店先で別れた。
それで、1人になった俺は当然、
(穢界だな)
となる。ここ最近は八等穢界に時々九等穢界を併せて午前・午後・夜とやっているので結構稼げているが、それでも、蓄えは多いにこしたことがない。それに、俺は最近「ちょっとした試み」を穢界の中でやる様になっていた。
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八等穢界
今日は彩音のバイト先のカフェと大宮駅の丁度中間点辺り、大きな県道沿いに建つ家電量販店の店内に出来た穢界だ。
それで、穢界に入った俺は、いつも通りに使鬼召喚で「蛍火」と「神鳥」を呼び出すと、周囲を確認と索敵を行う。
場所が家電量販店の売り場スペースに出来た穢界なので、穢界の風景(?)はそれに酷似している。
俺は「
(よし)
とここで、俺は気持ちを切り替え、視界に「神鳥」が見ている光景を取り込む。最初にやった時は平衡感覚がバグって碌に立って居られなかったが、慣れとはスゴイもので、今では「神鳥」の見ている光景を自分の視界の斜め上にワイプ画面のようにして置いて於ける。拡大したり、そちらをメインにしたりすることも出来るようなった。
(……なるほど)
今は偵察フェイズなので、俺は「神鳥」の視野をメインにして穢界の構造とうろついている怪異の種類を確認。
今回の穢界の構造は、真っ直ぐ伸びる通路がクランク状に折れ曲がって折り返し、また直進して折れ曲がる、といった風な構造。基本的に幅が広い一本道で、奥まで行ったところが少し広い空間になっていた。おそらく、その辺が「穢界の主」の出現ポイントなのだろう。
一方、そんな穢界の通路をうろついている「怪異」はというと――
(小餓鬼か……)
小餓鬼は3~4匹が固まりになって通路に居る。恐らく、曲がり角を過ぎる度にそれらと戦闘になるだろう。しかし、
(都合が良いな)
今俺がやっている「試み」的には丁度良い強さと数だ。
「よし」
俺は小さく声に出して気合を入れる。そして「神鳥」の存在を還して、自分の視界にだけ集中した。
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以前、少年と同化した「悪魔」と対峙した時、俺は相手の圧倒的な強さの前に成す術無く負けそうになった。その時は俺に「加護」を与えてくれている「エミ」の介入で何とか勝つことが出来たが、まぁ、明らかに格が2つも3つも上の敵だった。
あの時の恐怖や絶望感は、今思い出しても「ゾッ」とするものがある。ただ、その戦いで得られたものが「ゾッ」とする感情の記憶だけかというと、そうでもない。
俺はあの戦いの際中、「悪魔」の次の行動を「視る」事が出来ていた。だからこそ、格上の敵相手に少しだけ「粘る」事が出来た。とにかく、俺はあの戦いの間は相手の次の一手を「視て」対処することが出来ていた訳だ。
ただ、あの「視る」感覚は、それ以降訪れていない。
恐らく、死を実感して高まった集中力の成せる業なのだろう。確証はないが、確信めいた勘が「そうだ」と告げている。
もしも、あの「視る」という感覚を常に再現できれば、怪異との戦いはより簡単になる。今後「七等」「六等」と穢界の等級を上げていく事を考えると、それはどうしても「欲しい」力だと言える。
それで俺は(まぁ2日ほど前に思い付いたのだけど)、あの時の感覚を再現しようと、しばらく「呪符術」を封印して「怪異」相手に肉弾戦を挑んでいる訳だ。
ただ、これがまぁ、結構大変な「試み」になっている。
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