Episode07-13 認識阻害?


 朝、埼玉の自宅マンションを出発した俺達一行は、夕方手前の時刻になって、ようやく目的地へ到着した。


 随分とゆっくりの行程になってしまったが、まぁ、これには色々と理由がある。


 1つは「遠出」に慣れていない俺が、比較的分かりやすい高速道路や有料道路を主体とした道順を選択した事。「高速に乗ってしまえば迷わないだろう」と思っていたが、これが間違いだった。


 関越道経由で中央道に進む予定が、何処かで分岐を間違えてしまい、しばらく逆方向へ進む事を余儀なくされてしまった。


――なんでスマホのマップ見てるのに間違えるの?――


 とは、彩音の鋭い指摘だったが、だってしょうがないだろう。標識が沢山あって分かりにくい、日本の高速道路の作り方が悪いんだ。俺が悪いんじゃない。


 次に、高速に再び乗り直した後の話だが、エミがサービスエリアで食欲を爆発させてしまった。まぁ、最近のサービスエリアは色々と「ご当地グルメ」的なモノに力を入れているようだが、エミが喰い付いたのはそっちじゃなく、どちらかというと屋台的なお店で売られているスナック類の方。


 「たいやき」とか「御団子」とか「玉こんにゃく」とか「おでん」とか……季節外れにも「ソフトクリーム」なんてのもあるが、とにかくエミは目についたモノを何でも(考え無しに)買ってしまう。


 ちなみに彼女のお財布に入っているお金は、俺が彼女に渡したものだ。「お仲間怪異軍団」と共に穢界に行った時の「報酬の分け前」的なお金になる。ただ、彼女の場合、普段から現金を必要とする生活はしていないから「お小遣い」程度の金額に留めていた。しかし、普段は使わないという事は「減らない」ということで、相当額を貯め込んでいた模様。


 そんな貯め込んだ「お小遣い」を、高速道路のサービスエリアの屋台という、比較的安価な部類のグルメに対して「散財」という言葉がふさわしい勢いで使った結果、当然の如くエミ1人の胃袋のキャパはオーバーしてしまい、


――彩音、麗華、手伝って……――


 となり、


――迅さん、お願い――


 と俺にも回ってくる。


 しかも、エミは懲りる事無くサービスエリアの看板が見える度に同じことを繰り返した。その結果、俺達は終始漫然と満腹なまま、結局「昼食」のタイミングを逃してしまう事になった。


 そして最後は高速道路を降りた後の「雪道」だった。


 事前に電話で婆ちゃんに訊いたところ「雪なんて降ってないよ」ということだったが、どうやら、その電話の後に降ったらしい。


 高速を降りて直ぐの国道は路面に雪が残っていることは無かったが、山の方へ向かうにつれて、徐々に雪が残りだし、更に、追い打ち的に降り始めた結果、相当「ゆっくり」な運転を余儀なくされた。


 一応、今回の里帰りのために「スタッドレスタイヤ」に交換してあるものの、運転手を務める俺は「雪道」の運転経験が皆無。


 そんな俺は、積雪で真っ白になった道路を緊張感MAXの状態で進む。その緊張感は当然のように車内の3人にも伝わり、いつの間にか無言になった車内はジェットコースターが最初の上り坂の頂点に達した時のような緊張感に包まれていたと思う。


 お陰で、


「……着いた……」


 時には全員がグッタリしていた。


******************


 ほぼ半年ぶりの「爺ちゃんと婆ちゃんの実家」。


 玄関で迎えてくれたのは婆ちゃんだった。「雪降っちゃったねぇ、大丈夫だったかい?」と出迎える婆ちゃんに「まぁ、なんとか」と答えつつ、玄関を潜る。


 この時、白絹嬢は足を止めて家の表札を見つつ怪訝な表情を浮かべていた。恐らく、苗字が俺の八神ではなく「秦角」である事に疑問を持ったのだろう。


「はたかど?」

「そうそう、八神は母方の苗字で、ここはもう片方の実家」

「……なるほど……失礼しました」


 「失礼しました」と言う白絹嬢は、たぶん「複雑な事情」を察したのだろう。俺としては敢えて説明したい話でもないので、そうやってスルーしてくれると助かる。


 と、そういうやり取りを経て、


「ただいま」

「ただいま」

「お邪魔します」


 と玄関を潜る俺と彩音と白絹嬢。エミは「おかえり」と言ってふざけている。


 ちなみに、白絹嬢が同行する事は事前に伝えてあったので、


「おかえり、ようこそ――」


 という返事になった婆ちゃんは、そのまま「寒いだろう、早く中へ。おこた・・・に当たんなさい」と、俺達を居間へ案内してくれた。


「あれ? 爺ちゃんは?」

「ちょっと用事で出かけてるけど、もうすぐ帰ってくるだろ」


 この後、俺達は居間の炬燵こたつに当たりながら、婆ちゃんの世話焼きを受けて過ごした。


******************


 爺ちゃんが帰ってきたのは、夕暮れを過ぎてしばらくたった頃。「おお、よく来たな彩音さん」と嬉しそうな爺ちゃんは次いで「そちらのお嬢さんが白絹さんかい?」とも。


 「白絹麗華と申します。お世話になります」と礼儀正しく返事をする白絹嬢の声を聴きながら、「孫はスルーかよ」と思う俺。まぁ、別にスルーされた訳ではない。順番が後回しになっただけだ。


「迅も、元気そうだな」

「爺ちゃんも」

「ああ、そうだ迅」

「?」

「ちょっとお前に頼みたい事が――」


 「ああそうだ」と今思い付いた風を装っていたが、どうやら爺ちゃんは最初から何か俺に「用事」があった様子。ただ、その会話の続きは、


「さっさと着替えて来なよ。直ぐにごはんだよ」


 という婆ちゃんの声で遮られた。


「お、おう……でも迅に――」

「そういう話は明日で良いじゃないかい」

「お、おう……」


 結局、俺に対する「頼みたい事」の詳細は後回しになった。


 それで、


「彩音、麗華さんも手伝って――」


 という婆ちゃんの号令で彩音と白絹嬢が台所へ入っていく。俺はそれを見つつ


(この家のボスは婆ちゃんだな)


 と思った。隣のエミは、ミカンを剥きながらニマニマしていた。


******************


 程なくして夕ご飯の支度が済み、居間の炬燵の上に6人分の料理が並ぶ。メニューはかれいの煮つけ、とんかつ、里芋を中心にした根菜の炊き合わせ、みそ汁にご飯に白菜の漬物だ。6人分しっかりと用意されている。「とんかつ」だけ場違いな感じだが、後は普通の爺ちゃんと婆ちゃんの食卓なのだろう。


 ちなみに、俺は昼食をサービスエリアの屋台のスナックで済ませてしまったので、少し前から空腹感がひどかった。たぶん、彩音や白絹嬢も同じ感じだろう。だから、


「いただきます」


 という事で、早速料理に箸をつける。鰈の煮付けとか、自分では作ることも無いし、進んで食べる機会もほとんどなかったので興味深々だが、その味付けは、


「美味い……」


 ちょっと辛めに寄せた「甘辛味」が、鰈の柔らかい身に染みていて、なんともごはんに合う。


「美味しいですね」


 とは里芋の炊き合わせに箸をつけた彩音。白絹嬢もウンウンとなっている。一方、婆ちゃんは


「この時期だったら白菜の漬物がおすすめだよ」


 と言う。それで、平鉢に盛られた漬物を箸でつまんで口に入れる俺。舌に触った瞬間に「ぴりっ」と痺れるような酸味と塩味を感じる。


「迅、コレ美味しい」


 エミも白菜の漬物が気に入った模様。それで、


「そうだな、ご飯に合う」


 と相槌とも返事とも取れない言葉を言う俺。


「そうだろう、婆さんの漬物は日本一だ」


 とは、爺ちゃん。ただし、


「どんなにおだてても、お酒はお銚子1本迄だよ」


 そう婆ちゃんに返されてシュンとなる。その様子に自然と笑いが生まれた。


「そういえば、この間は猪のお肉ありがとうございました」


 と、ひとしきり笑いが治まったところで、彩音がそんな事を言った。彩音が言っている「猪のお肉」とは、先月中頃にエハミ様がお土産で持ってきたものの事。エハミ様は「権蔵の所の光枝に貰った」と言っていたので、準備したのは婆ちゃんなんだろう。


「俺も、猪の肉なんて初めて食べたよ、一緒に貰ったキノコも美味しかったし、ありがとう」


 と彩音に調子を合わせる。


 しかし、


「……猪肉? キノコ? はて……何の話?」


 お礼を言われた婆ちゃんは「???」といった感じ。その感じのまま爺ちゃんの方を見るが、爺ちゃんも「???」と同じ感じだ。


 その状況に、


(え……ボケた?)


 と心配になった俺は、取り敢えず事情を説明。すると、


「え? エハミ様が!?」

「迅、それはいつの事だ?」


 となる。それで、時期を説明すると、


「ああ、そう言えば平田さんから貰ったイノシシ肉が無くなってた事があった」


 と、思い当たる節を言う婆ちゃん。


「……ということは、エハミ様が持って行かれたということか……婆さん?」

「ぜんぜん覚えてない……そんな事が有ったら、まず真っ先に言うでしょ」

「それもそうか……てことは、とうとうボケたか、婆さん」

「なんだって、先にボケるのは爺さんのほうだろ!」


 そのまま、目の前の老夫婦は「どっちが先にボケるか?」の論争になるが、それはさて置き、不思議な話だ。


 まさかエハミ様が他人の家の台所から食材を失敬するとは考えにくい。ただ、エハミ様に「猪肉」を渡したハズの婆ちゃんにはその記憶が無い。これはもしかして


「認識阻害?」


 そんな気がする。現に、目の前で「ボケるボケない」論争をしている2人だが、秦角家の縁起由来から考えて、エハミ様が絡む話ならばそちらの方が重大だ。なのに、一生懸命になって「ボケ論争」をしている。この時点で話題がエハミ様から不自然に逸れている気がする。


「迅、たぶん正解」


 とは隣のエミ。


「やっぱりか」

「え? エミちゃん、それってどういう事?」


 俺はともかく、彩音はちょっと理解が追い付かないのか、そんな感じでエミを問い質す。


 この時、偶然にも彩音の声は、ちょうど「論争」を繰り広げている爺ちゃんと婆ちゃんの言葉の隙間を埋める事になり、結果として爺ちゃんが「はっ!」とした顔になる。そして、ゆっくりと俺の方を向くと、


「迅……その子は一体誰だ?」


 今更のように、エミを見つつそう言うのだった。



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