Episode04-25 彩音の鬱憤


 俺が新しいクラス「退魔剣士」の特性やスキルを確かめた日の夜、彩音の帰宅時間は普段よりも遅かった。丁度、俺が午後の「七等穢界」を終えて現世うつしよに戻ったところでスマホに


――今日は自力で帰るから――


 お迎え不要という連絡をメッセージアプリで受けていたので、俺は夕食なんかを作りながら帰りを待っていた。


 ちなみに、料理当番は今のところ平日の夜は基本的に「俺の担当」になっている。これは、別に彩音が作る料理が「不味い」という訳ではない。今のところレパートリーはそれほど多くないが、味付けの基礎が自分の母親に似ているから、むしろ彼女の料理は「美味しい」と言えるほどだ。


 ではなぜ俺が料理担当になっているかというと、その理由は簡単で、早い話が「罪悪感を軽くするため」だ。日中は学校に通い、週3で目の前のスーパーでバイトをして、夜は殆ど毎晩「穢界」で活動している女子高生(彩音)に夕食まで世話をさせて平気で居られるほど、俺は無神経な人間ではない。


 日々結構忙しく活動している彩音と、日中はブラブラしている(といっても、ちゃんと穢界には行っているけど)自分自身を比べると、どうしても引け目を感じてしまうというのも理由になる。なので、料理だけではなく、掃除や洗濯といった家事全般も「俺がやる」という事にしている。


 とにかく、俺は日常の一部として夕食の支度を済ませて、後はボーっとスマホで動画サイトなんかを見ながら


(テレビでも買おうかな)


 などと考えつつ暇を潰していると、ようやく彩音が帰って来た。ただ、彼女の様子は


「ただいま……」


 ちょっと元気がない感じ。不貞腐ふてくされたようにも見える。


(あれ? 友達と遊んで来たんじゃないのか?)


 俺は彩音の帰宅が遅くなった理由を勝手にそう決め付けていたが、どうやら違うらしい。でも、


(まぁ、女の子だし色々あるのかな……)


 ちょっと気になるけど、変に詮索するような事はしない。


「ご飯出来るまでちょっと時間があるから、先にシャワーでも浴びてきたら?」

「うん……そうする。ありがと」


 そんなやり取りで(やっぱり元気がない)彩音をバスルームの方へ送り出し、俺は今夜のメニュー「キノコとベーコンのクリームパスタ」の仕上げに入る。


*******************


「ごちそうさま……ねぇ迅さん――」


 シャワーを浴びてサッパリした後、すっぴん顔にひっつめ髪でジャージスタイルになった彩音は、クリームパスタをペロリと平らげた後でようやく口を開く。

 

「ん、どうした?」

「実は今日、学校でさぁ――」


 彩音が語るところによると、どうやら彼女は来月末に予定されている高校の文化祭の「準備委員」なるものにクラスで選ばれたらしい。それで今日はさっそく始まった「委員会」のせいで帰宅が遅くなったとのこと。


「なんだ、てっきり友達と遊んでたのかと思った」

「そんなんじゃないし、てか、アタシ友達居ないし――」


 確かに、彩音の口から「詩音」という少女以外の「友達」の名前を聞いた事はない。というか、なんなら彩音の口から「学校」の出来事が語られる事自体が珍しい。「テストの結果が良かった」とか「体育の授業でやらかしそうになった・・・・・・・・・・」という、「EFWアプリ」絡みの話は聞いた記憶があるが、それくらいだ。


 だから俺は驚きつつも返事に困ってしまう。しかし、彩音の方は気にした様子もなく、続きを話し始める。


 どうやら、彼女が「準備委員」に選出された過程は随分と強引なものだったらしい。更には、その後に出席した「委員会」でも、


「面倒臭そうな役を押し付けられそうになって……咄嗟に『受験勉強があるから』って言い訳したら――」


 同席していた進路指導の先生に言質げんちを取られることになったらしい。


「ちょっと理不尽じゃない?」


 どうやら彩音は自分の意思とは関係無く色々と決められてしまった事に不満を持っているらしい。それで、一旦不満を口にすると止まらなくなったみたいで、やれ「誰それがムカつく」とか「担任が頼りない」とか、そんな愚痴とも不満ともつかない文句を延々としゃべり始めた。


 ちなみにこの間、俺は空になった皿を下げたり、余ったクリームソースを別皿に移してラップを掛けて冷蔵庫にしまったり、洗い物を全般片付けたりしたが、その間も彩音はずっと「何か文句」を言っていた。相当、鬱憤が溜まっていたのだろう。


 それで改めてテーブルに戻った俺に彩音は、


「――そう思わない?」


 と同意を求めて来るので、一体何が「そう」なのか分からないまま、適当に「そうだな」と答えつつ、内心では


(でも、理由はどうあれ大学受験をする事になったのなら良い事だな)


 と考えていた。他にも文化祭の「準備委員」というのも、考えようによっては「珍しい経験」だ。今は面倒に感じるかもしれないが、後から振り返ると違った見え方になると思う。


「どうしたの?」


 ただ、そんな風に「逆説的」に発想したものの、これをそのまま言ってしまえば「ただの説教」だ。不満を発散させている最中の彩音にそれをぶつけたところで、多分彼女は腑に落ちないだろう。


(こういうのは、自分で気が付くのが良いんだよ)


 そう思う。更に言えば、


(彩音だったら、そんな事は直ぐに気が付くだろ)


 とも思う。なので、敢えて俺は何も言わず、


「じゃぁ、憂さ晴らしに穢界行くか」


 と話題を切り替えてみるが、


「え? 意外なんですけど。もっと説教くさい事言うと思った」


 彩音は彩音で「俺の反応」を或る程度予想しながら話していた模様。


「説教くさい事、言った方が良かった?」

「う~ん……でも、ちょっと意見は聞きたいかな?」


 一旦は「説教くさい」と引っ込めたものの、本人が聞きたいと言うなら仕方ない。


「じゃぁまず大学受験の方だけど、俺は賛成だ」

「なんで?」

「少し前ならともかく、今はそれなりに稼げているだろ?」

「うん……まぁ」

「私立の大学でも文系なら授業料は払えるだろうし、何なら俺も協力する」

「え?」

「とにかく、行けるなら行っておいた方が良い……と思う」

「そう……なんだ」


 俺が大学へ行く事を勧める理由は、まぁ「みんな行っているから」だ。でも、あの4年間は、どんな風に過ごしても「それなりの価値がある」4年間だと思う。敢えてバイトをして社会勉強をしようという彩音なら、尚更、行けるなら行くべきだ。


 その辺を説明しつつ、ついでに「準備委員」の方も「クラスで1人しか成れないんだからレアだろ」的な事を言う俺。


 それで彩音は、


「迅さんっぽくない、ポジティブ思考だね」


 と茶化して来るので、


「そんなの、彩音の事だからそう言えるだけだ」


 と、思わず本音がポロリと出て、


「……」


 気恥ずかしさで言葉に詰まる。


「そ、そうか……でも、そうかもね」


 一方、彩音も何故かソワソワと視線を泳がせつつそう言うと、


「よし、じゃぁ穢界へ行こう!」


 「この文脈でそうなるか?」という事を言うが、バッと椅子から立ち上がった彼女は普段通りに元気一杯だったので、まぁ、良いのだろう。


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