Episode07-26 知らぬ、は俺ばかり


「なんで? って、そりゃここはオレの家だからな」


 そう言うオヤジは、俺の中の記憶通りの藪睨やぶにらみするような視線を俺へ向けてくる。そして、


「座ったらどうだ?」


 言いつつ、顎をしゃくるようにする。


 これが中学時代の俺だったら、確実に「うっせぇ」となって部屋から出ただろう。ただ、今はもうそんな歳でもない。分別を付けて「向き合うべきものにはしっかりと向き合う」事の大切さも、分かっているつもりだ。


 おそらく、こんな心情になったのは彩音の存在があったからだろう。また、直前に諏訪さんを詣でて気を引き締める切っ掛けを得たから、というのもある。


 とにかく、オヤジの「どうした?」という藪睨みの ――俺がどうしても好きになれない―― 視線を受けて、俺は「ああ」と短く言うと空いた炬燵の一角に座り込む。


「どこに行っていた」とは、座った俺に爺ちゃんが問う言葉。

「買い出し、後は『諏訪さん』の所」と答える俺。

「諏訪さん……ああ、大社を詣でていたのか」


 納得したように言う爺ちゃんに、俺は頷くと「会えなかったけどね」と言う。それで、


「そりゃ『会える』なんて聞いた事が無いが……まぁ迅ならなぁ」


 爺ちゃんは可笑しいような妙に納得したような風に言う。ちなみに爺ちゃんにはエハミ様の神界での修行の件は話しているが、「諏訪さん」については詳しく話していないので、こんな反応になる。


 一方、オヤジの方は爺ちゃんとの会話が終わった頃合いで、


「大体の事は母さんから聴いている……色々大変だったみたいだが、何とかやれているようだな」


 とのこと。それには「まぁな」と答える俺。


 するとそこへ、お盆から湯飲みを配りつつ母さんが、


「迅、後で彩音の事をちゃんとお父さんに紹介しなさい」


 と合いの手を入れる。


 これについては「そうだろうな」と思う俺。これまた昔の俺なら「関係ないだろ」と言い放っていた(と思う)が、ちゃんと両親どちらにも紹介するのは「彩音のため」にする事だ。


 だから、


「後で、夕食の時に――」


 と答える俺。そんな最大限の分別を発揮した俺を容赦なく母さんが


「でも、もう1人の子もすごく綺麗だけど……目移りしてたりしないでしょうね?」


 トンデモない話で揶揄からかってくる。なので、


「白絹さんは、そういうのじゃないよ。彩音の友達だって」


 と答える俺なのだが、その返事の内容に、


「白絹? トクサの白絹……白絹麗華か?」


 オヤジの表情が一瞬だけ「驚き」に変わり、呟くように声を漏らす。


 対して、それを聴き逃さなかった俺は、オヤジの様子と呟き声に疑問を持つ。そして、


「その、十種とくさの白絹麗華さんだけど……なんで知ってるの?」


 この後の会話、久しぶりに再会した父子の会話としては「疑問符」が付く内容になったけど、とにかく会話の方向性を作ってしまう疑問を発したのだった。


******************


(俺だけ知らなかったのかよ……)


 というのが、シンプルな感想。


 オヤジが「十種とくさ一族の白絹家」というキーワードを呟いた事を切っ掛けとして俺が投げかけた疑問は、色々と派生しながら、結局オヤジの近況というか、職業というか、役割的なモノを解説するような内容になった。


 結果として分かった事は、今俺がやっている「EFWアプリ」と全く無関係どころか……とても関わり深い立場にオヤジが居るという事。


 以前から、「公務員」である事は知っていたが、まさか警察庁の結構「偉いさん」だとは思わなかった。それも、言うに事欠いて「第四係」を率いているといういう。それならば「十種一族」のような格式の高い「式家」をしっているのも頷ける話だし、他には


――もしかして、俊也の上司?――


 という俺の問いにもオヤジは即答で「そうだ」と答えた。


――迅の処へ一条君を向かわせたのはオレの指示だった。聞けば大学時代の友人だとか、お前は昔から人見知りだからな、知り合いの方が話がスムーズだと思った――


 とのこと。ちなみに、俊也は俺と「秦角審議官」との親子関係を


――不思議と知らないみたいなんだが、なんでだ?――


 思わず「知るか!」と言いたくなるような逆質問。しかし、これは後でちゃんと説明しておかないと、俊也にへそを曲げられてしまいそうだと思ったもの 。


 とにかく、オヤジは「警察庁長官官房審議官」とか言う長ったらしい肩書の公務員(だよな?)で、俊也が属する「第四係」を管轄しているという。その立場で、「EFWアプリ」についても国側の立場で関わっている。だから、


――お前の活動内容は色々と調べた……無茶をしているんじゃないだろうな?――


 という話だ。


 ただ、これについては


――賢、迅はエハミ様の加護を強く受けている。そこらの四等式者よりもよっぽど強いぞ――


 という爺ちゃんのアシストが入る。それで、オヤジは「エハミ様が!?」と驚いた顔をする。ただ、


――そう言う事なら……迅の異常な活動内容も理解できるのか……――


 さらっと実の息子を「異常」と言うオヤジ。これについて「異常ってなんだよ?」と食って掛かってみたが、その返事は


――そりゃ異常だろう。式家式者の縁故者で占められる第1回配布組を除いて、一般配信組の中で六等穢界を浄化出来ているのはお前と……彩音さんの2人だけなんだぞ――


 「凄く目立つんだよ、悪目立ちも良い所だ」と付け加えるオヤジ。ただ、冗談で言ったわけではなく、


――既に色々な方面が目を付けている節がある。気を付けた方が良い――


 と言う時だけは、俺でもそう・・と分かる程の「心配」を顔色に宿してた。流石にそんな風な顔をされると、


――分かったよ……――


 とならざるを得ない。


******************


 と、そこまでは主に「俺」に関する話だったが、実は俺の側にもどうしてもぬぐい切れない疑問・・・・・・・・・がある。だから、


「ちょっと訊きたいんだけど」

「なんだ?」

「オヤジと母さんって……今どんな関係なの?」


 俺の質問は、それを聴いたオヤジが「うっ」と詰まった顔をしたことからも分かるように、多分「会心の一撃」だったのだろう。隣で母さんが「あらあら」と言った感じになっているが、とにかく、これはオヤジの口からハッキリと答えを聴きたい。


 しかし、


「そ、それは――」


 とオヤジがどもり・・・ながら口を開いたタイミングで、


「――飯じゃ飯じゃ」


 空いていた炬燵テーブルの一角に突然「のじゃロリ狐耳幼女」が出現。


「これ、迅。飯の支度は未だかえ?」


 傍若無人を絵にかいたような來美穂御前の出現によって、オヤジの答えにくい回答は一旦保留になるが……


(夕飯中にみんなの前で答えさせてやる)


 ポカンとした顔で來美穂御前を見ているオヤジの顔を見ながら、そんな悪だくみをする俺だった。


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