Episode07-31 マカミ山鼬④ 謎の経歴?
[八神迅視点]
――崩れるぞ!――
オヤジがそう叫んだ瞬間、俺はというと
(何言ってんだよ!)
未だにガキっぽい反発心を引き摺って、そんな反論を心の中に浮き上がらせた。
ただ、それも一瞬の事。
現実として、目の前に存在する山の斜面は鳴動し、その上の方に居る「マカミ
そして何より、
――ミシミシィ
斜面の一番手前、林道に面した場所に立っていた杉の大木がこの時、斜面の揺れを一身に受けて大きく揺れると、次いで音を立てながら頭上に倒れ込んで来た。
(マジかよ!)
倒れ込んでくる大木の幻影を「鬼眼」で視た俺は、咄嗟の間隙に横の方へ視線を巡らせる。そこには、斜面を見ながら驚いた表情の彩音の姿。そんな彩音の姿に「白絹嬢に手を引かれながら間一髪で倒れて来た大木を躱す幻影」が重なる。
(大丈夫、だな――)
その光景にまずはひと安心しつつ、今度は自分の心配をする俺。ただ、大木が「どう倒れてくるのか?」は既にお見通しなので、最小限の移動距離で太い幹や枝葉の隙間を突くように躱す事が出来た。
と、そこへ、
「迅! ボーっとするな!」
叱責するような声をかけてくるのはオヤジ。
まぁ、オヤジからすれば、俺の「鬼眼」がモノをどのように映すのか知らないだろう。だから、この時の俺が大木を躱したのは「偶然枝の隙間に立っていた」ように見えたのかもしれない。だからこそ、怒気をはらんだ叱責を飛ばして来たのだろうが……知ったこっちゃない。
「彩音、大丈夫か!」
オヤジを無視して大木の向こう側へ声をかけると、彩音から「大丈夫!」という声が返ってくる。念のための確認だったが、とにかくひと安心。
それで、俺はようやくオヤジの方を向くが、そこで思わず「え?」と固まってしまった。
というのも、この一瞬前まで、オヤジはスラックスに厚手のジャンパーという、この辺ならどこにでも居そうなオッサンの恰好をしていた。まぁ、体形は締まっている方だし、頭の方も禿げていないし、顔付も(あんまり認めたくないが)目付きを除けば「イケオジ」に分類できる風貌だ。だが、誰が何と言おうとオヤジである。
そのオヤジの姿が今、全く別のモノに変わっていた。
濃紺のツナギのような服。ツナギには肘や膝、胸部と肩部を保護するマットな質感のプロテクターが備わっている。また、腰には太いベルトを巻いていて、そのベルトの右側には拳銃が納まったホルスター、左側には警棒……ではなく、脇差サイズの「刀」を収めた鞘が取り付いている。
そして頭部には俺が持っているものとは少し型が異なるゴーグルタイプの「ARグラス」。そのグラス越しに俺を見るオヤジは、
「反応が遅いぞ!」
と2度目の叱責を送ってくるが、この時の俺は不覚にも
(カッコ……いい……)
斜面の土石、倒木等が殺到してくる状況下で、どうしても好きになれない「オヤジ」を見ながら、その装備が持つ「近未来っぽさ+腰の日本刀」という組み合わせに心奪われてしまった。
******************
ただ、状況が状況なので、
(……ハッ、俺は一体何を考えて……)
直ぐに我に返る。一応、自己弁護のために言っておくと、それほど長い時間「ぼ~」とオヤジの姿を眺めていた訳じゃない。寧ろ、この間は一瞬の事だ……本当だ。
とりあえず、オヤジの恰好がガラッと変化したのは、「
――が、その辺はマルっとまとめて棚上げにする。
とにかく、状況が状況だ。もう目の前まで崩れた斜面の土石や倒木が迫っている。まずこの状況を切り抜ける必要があるし、なにより倒れて来た大木で分断された彩音の方が心配だ。
「彩音さんなら、父さんが居る、大丈夫だ!」
と、ここでオヤジが俺の心を見透かしたような事を言う。そして、
「お前は自分の心配をしろ!」
言いつつ、目の前に迫った大岩に向かって「とうっ」という感じで跳躍。すたっと岩の上に着地すると、岩の上から「ついて来い」的な一瞥を送ってくる。
(クソ、なんかムカつく……けど――)
誠に遺憾ながら、言っている事は正しいし、やっている事も(多分)正しいのだろう。それに反発して別の方法を模索出来る程の時間の余裕もない。なので俺は、仕方なくオヤジの後を追うように、足腰に霊力を巡らせ、強化した脚力で跳躍。
大岩の上に立つと見晴らしが効くが、オヤジの姿は既に先の方 ――つまり斜面の上の方―― へ移動していた。
(まったく、元気じゃないか!)
おそらく俺と同じ「霊的身体強化」を使って、土砂崩れの中に点在する大岩を浮島のように使って移動するオヤジの背中を追う。
身のこなしは「50代半ば」という年齢を感じさせないほど鋭いし、足場にする大岩の選別も冴えていて無駄がない。寧ろ、俺の方がオヤジの後を追う事に精一杯になってしまう。
そんな中、
(っていうかオヤジ……どんな経歴で
という疑問が浮かぶのは、まぁ当然の話。
大体、爺ちゃん曰く「賢は式者の道を選ばなかった」という話だ。実家で生活していた高校卒業までは「秦角家の式者としての修行」はやっていたらしいが、それはあくまで修行。東京の大学に進学した後は「式者としての活動」をしていたとは聞いていない。
しかし、現に目の前で躍動するオヤジの動きは「高校時代で修行を辞めた人間」のソレでは、絶対ない。だから、
(第四係ってところで実戦経験を積んだ?)
と思うが、それも俊也の事を考えると、
(そもそも第四係って、そんな「斬った張った」するような場所じゃないだろ)
となる。だから、
(オヤジ……一体今まで何をやって来たんだ?)
俺は、着かず離れずの距離で先へ行くオヤジの背中を見ながら、そんな事を考えていた。
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